櫻花 風に乱れて 花吹雪 袂で誘い 共に舞いらん(後編)     如月 彰様



夕刻。
白虎以外の八葉はあかねの部屋に終結し、作戦会議を行っていた。
「明日の宴は昼に執り行われる。そこで、鬼の妨害を防ぐ為に皆にしてもらいたいことがある」
泰明はそう言うと頼久・天真・イノリ・詩紋に小刀と札を渡した。
「四人は東西南北の守護をして欲しい。頼久は東、天真は北。イノリは南、詩紋は西だ。札を懐に、小刀を地面に刺して、両の手で持っておけば良い。次に永泉は祭壇の側で待機し、楽が始まったら見計らって同じ調子で笛を吹け」
「あの…泰明さん。私は何をすればいいんですか?」
あかねがそう尋ねると
「神子は、私が作った祭壇の側に立っていればいい」
と泰明はあかねを横目で見ながらそう言った。
「それだけ?…分かりました」
「それでは、話はここまでだ。私は準備に入る」
泰明はそう言って御殿から立ち去った。
「皆。頑張って明日の宴を成功させようね!」
あかねが笑顔でそう言った。
「あぁ、このイノリ様に任しとけって!」
「お前こそ、ちゃんと立っとけよ。ドジなんかするんじゃねーぜ?」
「頑張ろうね。あかねちゃん」
「私は必ずこの責を全うし、神子殿をもお守り致します」
「神子。数ならぬ私ではありますが、精一杯努めさせて頂きます」
それぞれがあかねに答えているのを、側で藤姫は穏やかに眺めていた。
「皆様のお言葉、とても頼もしゅうございますわ。夜も更けて参りましたので、そろそろお休み下さいませ」
笑顔でそう言う藤姫に頷いたあかね達は、それぞれ就寝する。
全ては明日決まろうとしていた。

晴れ渡る空の下。宴の準備は既に整っていた。
舞の衣装を身に着けた鷹通は一足先に舞台へと向かっていて、友雅も向かっていたその時である。
「友雅」
呼ばれて降り返るとそこには泰明が立っていた。
「どうしたんだね?こんな所にいるなんて、珍しいじゃないか」
「これを読め」
不躾に泰明に渡されてた文を友雅は軽く受け取って読んだ。
「ほぉ。なかなか、面白い状態になっているね。参加できないのが何とも残念だな」
「では、私は祈祷場へと向かう。あぁ、良からぬ事を企んでいる輩は宴が終わるまで動けぬようにしておいたから安心しろ」
そう言って泰明は去って行った。
友雅は一時それを見つめていたが、すぐに舞台へと向かった。
舞台の袖では鷹通が緊張の面持ちで立っていた。
「鷹通、緊張しているのかね?」
そう言いながら友雅は肩を叩いた。
「友雅殿…」
「君らしくもない。神子殿に宴での事を報告せねばならないのを、分かっているだろうね?」
先ほどまで青ざめていた鷹通は『神子』という言葉を聞き、前に言われた言葉とそう言いながらの明るい笑顔を思い出した。
“京を救うのにお二方が居ないのは心細いですけど、一生懸命頑張りますから鷹通さんも頑張りましょう!ね?”
鷹通はいつもの冷静さを徐々に取り戻して行き、友雅はその様子を見て一安心した。
「さ、雅楽が始まったようだ。行くぞ、鷹通」
「えぇ、友雅殿」
二人はゆっくりと舞台へ上がった。

優雅な雅楽の中、鷹通と友雅の舞いは始まった。
ゆっくりと吹く風は桜の花びらを乗せ、二人の舞を更に輝かせた。
鷹通は稽古の成果もあり、危なげなく舞っていた。
友雅はというと指導出来るだけあり、周りを見る余裕もある。
冷や汗を掻きながらも微動だにしない鷹通の上官が座っている席を見て、笑いを堪えるのに友雅は必死だった。
それを知らず見ていた貴族達は賞嘆の溜め息を漏らしていた。

その頃、北を守っていた天真にシリンは近付いていた。
「ねぇ。そんな事は止めて、私と一緒に来ないかい?」
「……」
「…ランに会いたくないのかねぇ?」
「何!?」
天真は一切無視しようとしていたが、自分の妹であり黒龍の神子・蘭の名前を出されて激しく動揺した。
その同様ぶりを見てシリンは妖しく笑う。
「そうだよ。私だったらお前に会わせてやれるんだけどねぇ…」
天真はシリンにそう言われて心はかなりぐらついていた。

同じくしてセフルはイノリの前にいた。
「そこを退くんだ」
「うるせぇ。お前の指図なんか受けるかよ」
「今…イクティダールはどこにいるのか知ってるのか?」
「え!」
鬼の一族・イクティダールの名前を出されて、イノリは目を見開いた。
「こうしている間に…どうしてるんだろうなぁ、イクティダールは?」
「うるせぇ!!」
からかうように言うセフルにイノリは声を荒げて否定する。
天真もイノリも敵の手にかかるのは時間の問題のように見えた。

「そろそろ、良いようですね」
そう呟くと永泉は笛を吹き始め、その澄んだ音は辺りを徐々に包み込んでいく。
その笛の音と鬼の気配を祈祷場で感じた泰明は
「鬼が来たようだ。神子、お前は今からこの宴が上手くいくように祈れ」
「え?は、はい」
唐突に泰明に言われてあかねは戸惑ったが一心に祈った。
“龍神様。どうか、宴が成功しますように。八葉の皆を、京を守って!!”
泰明は祈っているあかねを見つつ念を唱え始めた。

その時、ぐらついている天真の頭の中に声が響いた。
“ダメよ!天真君。京を守って!!”
「あ、あかね!?」
「何!?」
天真が叫ぶと同時に懐に入れていた札が光り始めた。
その光に目が眩んだシリンは苦しみ始める。
「くっ…覚えておいで!!」
そう言うとシリンは天真の前から姿を消した。
同時にイノリの所にも同じくあかねの声は聞こえた。
“イノリ君!頑張って!!”
「あかね!」
「な、何だ!?うわっ!!」
セフルは光の圧迫感に耐え切れず、遠くへと飛ばされてしまった。

泰明が念を終えると同時に札から放った光は止んだ。
「神子。もういい、鬼は去った。もう結界を解いても良いだろう」
「私、皆を迎えに行ってきますね」
元気良くあかねは言うと走り出して行った。
それを泰明は無言のまま見送り後片付けを始め、永泉もそれを手伝った。
「天真君!もう終わったって」
あかねは天真にそう言いながら手を振って近付いて行く。
「あかね…お前さっき、俺に…」
「どうしたの?もう、その小刀抜いても大丈夫だよ」
まだ夢の中という感じな天真にあかねは明るく言う。
「お前ってやっぱり龍神の神子なんだな」
「何?どうしたの、唐突に?」
天真にそう言われて照れているあかねを見て天真は笑った。
「何でもねぇ。さ、他の奴らを迎えに行こうぜ」
「う、うん」
まだ訳の分からぬままのあかねだったが、天真と一緒に他の四人を迎えに行った。

雅楽と舞が終わり、鷹通と友雅は帝の元へと参上した。
「ご苦労だったね。二人共、見事であったよ」
「そう言って頂き恐悦至極に存じます」
友雅がそう言って帝を一瞥し、また頭を下げた。
帝は側に刺してあった桜の枝を手に持ち、鷹通の元へ近付いた。
そして、その桜の枝を付けていた冠に挿した。
「さくら花ちりぬる風のなごりには 水なき空に浪ぞたちける…これを授けるよ」
「…恐悦至極に存じます」
「神子殿に宜しく伝えておくれ。後は好きにするように」
「はい」
「御前を失礼致します」
帝の前を立ち去り、奥の部屋まで行くと鷹通はゆっくりとその場へ座り込んだ。
「大丈夫かね?鷹通」
「は…い。お気使いありがとうございます」
そう声をかけながら友雅は衣装を脱いで、いつもの服に着替えた。
鷹通も同様に、ゆっくりながらもどうにか衣装を脱いで行き、着替え終わった。
冠に付けてもらった桜の枝を鷹通は静かに眺めていた。
「良かったね、鷹通。神子殿にいい土産ができたじゃないか?」
「そうですね。早速報告に参りましょうか」
「あぁ、そうしようか」
二人は土御門の御殿へ向かった。

一方、シリンとセフルはおずおずとアクラムの前へと姿を現した。
「どうやら、失敗したようだな」
「あ、アクラム様…」
アクラムにそう言われシリンはそう言って怯えた。
セフルに至っては言葉も出ないようである。
「今回は良い。次回は…分かっておるだろうな?」
「は、はい!」
「では、二人共。下がるが良い」
アクラムにそう言われ、二人は静かに立ち去った。
「…さすが、私の神子だ。今後が楽しみだな…」
アクラムがそう言って妖しく笑った。

二人があかねの部屋を訪れると、全員が揃っていた。
「皆様、お揃いだったのですか。…少々お疲れ気味のようですが、いかがなさいましたか?」
鷹通が挨拶と同時に皆の顔を覗いながらそう言った。
「僕達、大丈夫ですよ鷹通さん。宴はどうだったんですか?」
詩紋は笑顔でそう言った。
実は先ほどの結界作りで皆は少々疲れていたのだったが、鷹通に心配させてはならないと場を取り繕っていた。
「えぇ、友雅殿のおかげでうまくいきました。帝より神子殿によろしく伝えて欲しいとこれを」
鷹通は桜の枝をあかねに手渡した。
「ありがとうございます!…だけど、これは鷹通さんが貰ったのでしょう?お気持ちだけ受け取っておきます」
「…神子殿!?」
あかねが渡された桜の枝をソッと鷹通の手に握らせ、その様を友雅は横で楽しそうに見ていた。
「だけどさ。結局どんな舞してたのか分かねーまんまってのは、つまんないよな」
胡座をかいて腕組をしていた天真はそうぼやいた。
「それもそうだね。では、ここでもう一度披露すると言うのはどうかな、鷹通?」
横目で見やりながら友雅はそう言った。
「友雅殿…えぇ、まだ未熟ではありますが」
「わぁ!いいんですか?」
「フフッ。神子殿にそのように喜んでもらえると舞甲斐があると言うものだよ」
「では、折角ですのでささやかながらここで宴を催しましょう。皆様、よろしいでしょうか?」
藤姫の提案に逆らう者は誰一人として居なかった。
簡略ながら宴の準備をし、そこで鷹通と友雅は永泉の笛を頼りに舞った。
鷹通も先ほどとは違って少し余裕があるようである。
舞いが終わった後はあかねと藤姫、そして八葉からの拍手を受け、そのまま宴は盛り上がって行く。
その宴も恙無く終わり、鷹通は自分の御殿へと戻って行った。
そして帝、そしてあかねからもらった桜の枝を側に置き、眠りに着いた。
花弁が一片、静かに部屋を舞った。

− 終 −


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前回Readingをおねだりしたときに、何気なく「投稿OK」と言ったら こんなに素晴らしい長編を頂いてしまいました。
言って見るものです(笑)
結構前に頂いていたのですが、葉月の都合でUPが遅くなってしまいましてすみません。
オールキャラ出演(イクティさん名前だけだけど(笑))で、しっかり鷹様&友様が大活躍なあたりがとっても葉月のツボですvv
(私にはオールキャラって書けないし。ノッて来るとだんだん人数減ってくるのが私の作品(笑))
如月様、どうもありがとうございました。
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