櫻花 風に乱れて 花吹雪 袂で誘い 共に舞いらん(前編) 如月 彰様 天の白虎・藤原 鷹通は今日も治部少丞としての職務を懸命にこなしていたが、そんな鷹通に突拍子もない話が舞い込んできた。 「えっ!?私に宴での舞いを!?」 「そうだ。三日後の宴でな。これは帝からの勅命であるぞ」 「帝からの…」 職務熱心な鷹通にとって『帝からの勅命』という言葉に逆らえるはずも無かった。 「では、確かに伝えたぞ」 そう言って上官とお付きの者は嫌な笑いを浮かべて去って行った。 一人残された鷹通は身動ぎせずにただ俯いて座っていた。 「鷹通…殿が舞人を?」 「そうなのだよ。…どうも腑に落ちなくてね」 急遽、帝に呼ばれた地の白虎・橘 友雅は怪訝そうにそう言った。 帝も表情が冴えない様子である。 「彼が八葉として選ばれた事を許せぬ者がいることは知っていたが…ここで失敗させて、恥をかかせようといったところであろうね」 「御前を失礼致します」 友雅はそう言ってすぐに帝の元を去って行った。 「…すまない。少将」 その呟きは直接には聞こえなくとも、友雅の心には届いているようだった。 友雅は土御門の御殿を訪れた。 「友雅殿?今、神子様は外出されておりますわ」 星の一族の末裔・藤姫は何の前触れも無くやってきた友雅にそう答えた。 「あぁ、構わないよ。藤姫に頼み事があるのだがね」 「私にですか?いったい、どのようなご用件なのでしょう?」 いつになく真剣な表情の友雅に藤姫の顔もつられて真剣なものとなっていく。 「今から、鷹通に文を書いてもらいたいのだ。危急な用件につき、すぐここに来るようにとね」 「え?いったい、何をしようと言うのですか?」 「取り合えず、文を書いてほしいね。順を追って説明するから」 「はい…」 藤姫は今一つ納得いかないまま、友雅の言う通り文を書いて鷹通に届けた。 文を受け取った鷹通は急いで土御門の御殿へ向かった。 荒い足音を御殿中に響かせ、鷹通は龍神の神子・元宮 あかねの部屋へ入った。 「神子殿!何かあったのですか!?」 息を切らせながら入ったその部屋には友雅と藤姫が静かに座っていた。 「藤姫、友雅殿…。神子殿は?」 「神子様は、ただ今外出致しておりますわ」 「鷹通。取り合えず座りなさい。君に話をしておきたくてね」 二人の只ならぬ雰囲気に鷹通は戸惑いながらもゆっくりと座った。 「鷹通。君は、今度の宴で舞人になるように言い渡されているね?」 「もう、友雅殿に…そういう話はすぐに広まるものなのですね」 鷹通は少々驚いたようであったが、哀しそうにそう言った。 「それで、今日より君はこの御殿で宴まで生活してもらおうかな」 「友雅殿。それはいったいどういうことなのですか?」 唐突な申し出に少々憮然としている鷹通に藤姫は穏やかにこう言った。 「離れをご用意致しております。鷹通殿はそこで舞のお稽古をなさいませ。ご指導は友雅殿がなさいますわ」 藤姫の言葉に鷹通は言葉を失った。 「そういう訳だ。今日はゆっくりするといい…が、明日からはそうはいかないから覚悟をしておきたまえ。では、私はこれで御前を失礼しよう」 友雅は不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、その場を立ち去って行った。 「いったい、どうしてこのような…」 ようやく鷹通は、気持ちを落ちつけつつそう言った。 「内密に…帝が申し付けたとの事ですわ。他の方に気付かれないように鷹通殿の力になって欲しいと」 藤姫の言葉にまたもや鷹通は動揺した。 「帝より!?…ま、まさかそんな…」 手を床につき、鷹通は愕然とした。 自分が上官より罠に陥れられた事を気付かされたのである。 「鷹通殿…今からお食事を用意を致しますわ。しばらくお待ち下さいませ」 鷹通の表情に心を痛めた藤姫は、そう言って立ち去るしか無かった。 あれから呆然としていた鷹通は時が経つのも忘れていたようだった。 「あ、鷹通さん。ここにいたんですね?」 「…み、神子殿」 あかねに声をかけられて鷹通はようやく我に返った。 「お食事の用意が出来たって藤姫が言ってました。一緒に食べましょう」 「神子殿…藤姫から何かお聞きになっているのですか?」 恐る恐るそう言う鷹通にあかねはニッコリと笑った。 「えぇ、大体は。京を救うのにお二方が居ないのは心細いですけど、一生懸命頑張りますから鷹通さんも頑張りましょう!…ね?」 「神子殿…」 その笑顔は鷹通に力を与えるに十二分なものだった。 「おーい!あかね!鷹通!待ってんだぜ、早く来いよ!」 遠くから地の青龍・森村 天真の声が聞こえてきた。 「天真君が呼んでる。行きましょう、鷹通さん」 「えぇ、神子殿」 いつもの笑顔を取り戻した鷹通を見てあかねは安心した。 そして、二人は天真達と一緒に夕餉を頂いた。 翌日、離れにて舞いの稽古が行われた。 「違う!手はこうだ!あぁ、その時には足はこうしておくのだよ」 といつもの友雅の口調とは打って変わった激が飛ぶ。 「は、はい」 「返事はいい!動きに集中したまえ」 その厳しい指導の元、鷹通はフラフラになりながらも何とかついて行った。 「ふむ…少し休憩することにしよう」 「…は…い」 友雅はゆっくりと座り、庭を眺めた。 方や鷹通は倒れるように座り込むと肩で息をしていた。 「…どうだね?舞いは見てれば優雅だが、なかなかに体力がいるものであろう?」 「え、えぇ。これほどとは思いませんでした」 「君は宴を軽んじるが、楽師や舞人達にとっては自分を見せる格好の場所なのだよ。そこで生きている人間の事もちゃんと考えてくれたら嬉しいね」 「私は…軽んじていたつもりはありません。私の職務にも関わる事ではありますし。ただ、関わらないようにしていたのは事実。それを面白くないと…思われたのでしょう」 苦笑しながら言う鷹通に友雅は微笑む。 「確かに、敵に隙を見せるのはこれからは避けるべきだろうね。この舞が成功すれば、そう五月蝿くもなくなるのではないかな」 「友雅殿。ありがとうございます」 鷹通は深く友雅に礼をした。 「礼は全てが巧くいってからにして欲しいね。さ、稽古の続きを始めるとしようか」 「はい。友雅殿」 こうしてまた、舞の稽古が厳しく行われるのだった。 「おっかねーな。友雅があんなに大声出すの初めて聞いたぜ」 この日、あかねの供をしなかった天真は、離れから聞こえる友雅の激に首を竦めた。 「あぁ。いつもからは想像がつかない」 同じく供をしなかった天の青龍・源 頼久は天真の側に座り、無表情にそう言った。 「なんか、負けてらんねぇ!おい、頼久。俺達ももう1回、剣の稽古をしようぜ」 スッと立ち上がった天真は頼久を見下ろしながらそう言った。 「天真…分かった。始めよう」 天真を見て小さく笑った頼久も立ち上がり、剣の稽古を始めた。 「てぇやーーーー!!!」 「とぉっ!!!」 声を張り上げ、二人は汗をたらしながら続けて行った。 その頃、あかね達は京を歩いていた。 「あかねちゃん。今、鷹通さんて舞の稽古をしてるんだよね?」 地の朱雀・流山 詩紋は明るく尋ねた。 「うん。友雅さんに指導してもらってるんだって」 「あの友雅が指導してるってなんか想像つかねーぜ。見てーな」 天の朱雀・イノリは興味があるらしく、そう言いながら笑顔が絶えない。 「私も見てみたいんだけど、どうもダメみたい。残念だよね」 「ちぇっ。友雅も意地悪だよなぁ」 そう歩いている三人を木上から眺めている者がいた。 「ふぅ…ん。なかなか面白そうな話じゃないか」 と怪しく笑うのは鬼の一族・シリンであった。 「ここにいたのかシリン。お館様が探していたぞ」 静かに様子を見ていた所へ同じく鬼の一族・セフルが姿を見せた。 「シッ!大声出すんじゃないよ。あいつらに聞こえるじゃないか!」 「何言ってるんだ。お前こそ大声を出しているじゃないか!」 「誰!?」 シリンとセフルの声はとうとうあかね達に聞こえてしまったのである。 「もう!ばれちゃぁ仕方が無いねぇ」 そう言いながらシリンはあかね達の前に姿を現した。 「シリン!」 「フフ…なかなか面白い話をしていたじゃないか。折角の宴に私が華を添えると言うのも悪くないじゃないか?」 「何だって!?」 シリンの言葉にイノリは真面に反応してしまう。 「シリンだけじゃ悪いから、僕も参加してあげるよ」 セフルも姿を現し、両手を腰に付け威張って見せる。 「セフル…嘘だよね?」 その姿を見て詩紋は瞳を潤ませ、セフルを問い質した。 「お前等なんかいなくなればいいんだ!宴を楽しみにしてろ!!」 セフルはそう怒鳴ると姿を消した。 「ま、精々がんばることだねぇ…」 そう言って高らかに笑いながらシリンも姿を消した。 残された三人は顔を見合わせると急いで土御門の御殿へと帰って行った。 急いで帰った三人は藤姫に報告をした。 「そうですか。鬼に知れたとなるとこちらも手を打たねばなりませんわ」 「どうしよう、藤姫。宴の場所は内裏だから、貴族以外入るのって難しいよね?」 「えぇ…」 あかねと藤姫が悩んでいると 「何が起こったというのだ」 「泰明さん!」 静かに現れた地の玄武・安倍 泰明はそう言って無表情に二人の顔を見た。 「どうした。二人共、気が乱れているぞ」 「泰明さん。外で今度の帝がする宴の話をしていたら、シリンとセフルに聞かれてしまったんです。邪魔をするって言って消えてしまって…どうしたらいいかって二人で言ってたんです」 「なるほど…阻止せねばならぬ訳だな。宴では何を行うのだ?」 あかねとは打って変わって泰明は到って冷静である。 「あの、鷹通さんが舞をするそうです。今、離れで友雅さんが稽古してます」 「…神子。友雅を呼んで欲しい」 「え?友雅さんですね?分かりました」 無表情に言う泰明の要求に、あかねは訳の分からぬまま友雅を呼びに走った。 「いったい何なんだね?稽古が忙しいのだよ」 怪訝そうに言う友雅に少し冷たい視線を投げる泰明。 「友雅。宴でやる雅楽を教えろ」 「雅楽?…後で文を遣そう」 「そうか。では、待っている」 そんな素っ気無いやり取りを訳も分からず、あかねはただ見つめるだけだった。 「どうしたんだね、神子殿。そんなに見つめられては照れてしまうよ」 いつものからかい交じりの口調にあかねは頬を染めてしまう。 「そ、そんなつもりじゃ!」 「フフッ。かわいいね、神子殿は。さて、稽古に戻るとするかな」 あかねに笑顔を見せると友雅は離れへと戻って行った。 「藤姫。友雅さん、ここで言わなかったね」 「そうですわね。友雅殿のことですから、何かお考えがおありなのでしょうね」 「うーん、そうだね。後は泰明さんと友雅さんに任せるしかないかな」 「そうですわね」 あかねと藤姫は目を合わせ、最初は困惑していたが直に静かに笑った。 シリンとセフルは鬼の首領・アクラムに報告をしていた。 「なるほど…」 「アクラム様。どうかこのシリンにお任せ下さい」 「いえ、お館様。僕にお任せ下さい」 シリンもセフルも譲る気は全く無いようである。 「分かった。シリンもセフルも好きなようにやるがいい」 「はい!シリンはアクラム様のお役に立ってみせます」 「僕の方こそ役に立つ事を、必ず実証してみせます」 「二人共、下がるがよい」 「「ハッ!」」 シリンとセフルはアクラムの前から姿を消した。 「さて、龍神の神子と八葉のお手並み拝見といこうか…」 アクラムはそう呟くと、口元を弛ませた。 翌日。 泰明は土御門の御殿に来ていた。 あかねは既に出かけていたが、静かに座って人を待っていた。 「おはようございます、泰明殿。今日は、どのようなご用件なのでしょうか?」 天の玄武・永泉はおずおずと泰明の前にやってきた。 「永泉。これに見覚えはあるか?」 泰明は昨日もらった友雅の文を見せた。 「これは、友雅殿の…確かに、この雅楽には覚えがあります」 「では、明日の宴までにこれを覚えろ」 「え!?私がでございますか?」 泰明の注文に永泉は驚きを隠せない。 「では、頼んだぞ」 とだけ言うと泰明はすぐに御殿から立ち去って行った。 「あ…」 そう言うだけが永泉にとって精一杯であった。 残された友雅の文を見つめ、 「…どうして私にこれを覚えて欲しいと言うのでしょうか…」 そう呟いて永泉は途方に暮れた。 「永泉殿?もう泰明殿はお帰りになられたのでしょうか?」 「おはようございます、藤姫。泰明殿なら先程お帰りになりました」 「そうですか。あら?それは友雅殿の文ですね?」 藤姫はそう言って永泉に近付いた。 「え、えぇ。泰明殿よりこれを覚えるようにと言われて頂いたのです」 「泰明殿がですか?そうでしたか。永泉殿、実は…」 藤姫は今までの事の経緯を永泉に全て話した。 「そのような事があったのですね。分かりました。私は泰明殿の言う通り、これを覚えるように致しましょう」 そう言って永泉は強く頷いた。 「よろしくお願いします、永泉殿」 藤姫はそう言って深く礼をした。 「では、私はこれで失礼させて頂きますね」 そう言って永泉は静かに御殿から立ち去って行った。 友雅の稽古は終盤に向かっていた。 「いいね、鷹通。これなら、宴で立派に舞う事が出来るだろうね」 「ありがとうございます。友雅殿のおかげです」 「さて、ここで最終仕上げといこうかな」 友雅はそう言うと少し怪しく笑った。 「友雅殿?最終仕上げとはいったい?」 「この舞は本来、二人で舞うものなのだよ。片方の舞人は私がやるから、今から合わせてみることにしよう」 鷹通はその言葉に驚く。 「友雅殿と二人で舞うのですか!?」 「一人より心細くなくていいだろう?さぁ、やってみようか?」 鷹通の反応を楽しみながら、友雅は二人で合わせながら舞った。 後編に続く |