導べの星 第9話

― SCENE8 ルヴァ


封じたはずの想いが鮮やかに蘇る。
確固とした意志と理性があれば、封じきることは不可能ではないと思っていたのに。







「陛下をお願い致しますね」
と、ロザリアに去られてしまい、私ははっきりと焦っていた。
ロザリアの言いたいことは何となく分かった。
『女性ははっきり言われないとわからない』と言っていた。
彼女の好意はよく分かるのだが。

陛下…アンジェリークと二人きりになるのは、あの即位前日の夜以来だった。
あれ以来、陛下も私も意図的に二人きりになることを避けていた。

私は……自分が怖かったのだ。
彼女は至高の冠を頂いた、もう手の届かない高みに登ったのだと自分に言い聞かせていなければ、いつこの理性のたがが外れてしまうかわからなかった。
謁見の間の短い時間ですら、彼女の姿に見入ってしまう自分が我ながら情けなかった。
どうして思い切れないのか。

その理由は、自分で一番よく分かっていた。
理屈ではないのだ。

女王候補として再会した、あの時に。
『運命』なのだと直感してしまったのだから。






「…行ってしまいましたね。陛下と二人でお話するのは、久々ですね」
「そう、ですね。あのとき以来かしら?」

アンジェリークも何気ないことのように笑顔を浮かべてはいるものの、ティーカップを持つ手が明らかに震えていた。
私はそれに気付かないふりをして、会話を続けようと努力した。

「あなたが女王候補の頃はこうやって、お茶を飲みながら、よくお話しましたよね。あの頃のあなたは、とても危なっかしくて…なんだか支えてあげなくては、なんて気がしてしまいましてね」
「……」
「そうそう、何と言っても初対面で倒れちゃったんですからねー、どうもその印象が強くて。といっても、今の陛下からは想像もつかないですが」
「……。」
「色々ありましたが、こうしてゆっくりお茶を飲めるということは本当に幸せですよね」

カップをソーサーに戻して、うつむいたままゆっくりと彼女が口を開く。

「どうして?」
「はい?」
「どうして、何も言わないの?」
「何も、とは?」

彼女は私に言わせたがっていた。
つまり、お互い、あの時と何も変っていないと言うことだ。
しかし、私はあの時に誓ったのだ。
この想いは、決して彼女に告げてはならない、封印するのだ、と。
彼女が位を降りるか、私のサクリアが尽きるか。
どちらにしても、未来がなくなるまで、この想いは告げてはならない。
二人で幸せに、などという大それた望みは抱いてはいないのだ。


「どうして、私があなたを避けていたのか、とか」
「避けていらしたんですか?」
「だってっ!ルヴァはいつもそうやってはぐらかして!私の気持ちなんて考えたことないんでしょ」
「陛下!」

何時の間にか、アンジェリークは私を見据えていた。
泣きそうな表情で。でも視線だけはしっかりと揺るがずに。

彼女にこんな顔をさせてしまう自分がもどかしかった。
けれど、だからと言って、彼女の期待に応えることはできない。
それは宇宙の破滅を意味するから。
だから、あえて「女王」としての立場を思い出させるようにしたのだ。


「陛下…私はあなたの臣下です。いつでも、あなたのことを考えています。いつでも…いつまでも…この力尽きるまで、私は、あなたのものです」
「どうして!」
「陛下にそのような顔をさせてしまう我が身の不徳をお許しください」
「そんな言葉、聞きたくない!」
「アンジェリーク!」

びくっと彼女の肩が震えた。

「あなたはもう女王候補ではないのですよ。軽はずみな言動は、どうぞお控え下さい」
「ルヴァ…私は」
「マルセルの館とはいえ、誰が聞いているかわかりません。どうか…」
「……あなたは、いつもそうですね」

口調が「女王」としてのものに戻ったことに安堵する。
私も限界だった。
これ以上愛する女性の前で、冷静でいられる自信はなかった。


「申し訳ありません」
「怒っているわけではないわ。あの時、道を選んだのは私自身なのだから。だけど、あなたはいつも冷静で、時折憎らしくなってしまうわ」
「そうですか?」

本心はとても冷静などではないのだが。

「そうよ。女王様ぶりっこやってるときなんか、特にね」
「女王様ぶりっこ……陛下…」
「あら、お説教なら聞かなくてよ。お説教なんて、ジュリアスとロザリアで充分。あなたは違うでしょう?」
「はぁ…」
「ねぇ、ルヴァ?」
「はい?」
「一つだけ、わがままを言ってもいいですか?」
「…私に、できることでしたら」
「ありがとう。お願いがあるの」

あの時と変らない、翠の瞳が私を捉える。

「いつか…いつか、時が満ちたら…私に夢を見せてもらえますか?」
「夢、ですか?」
「そう、夢」

あなたにはきっと分かってもらえると思うの。と微笑んだ彼女は神々しい光に満ちて、本当に美しかった。







いつか時が満ちたら。

そうしたら、あなたを迎えに行こう。
その時は、もう絶対に離さない…。  (続く)







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作者より
このセリフはむしろジュリアス様ではないのか?
とセルフツッコミ。

ロザリア様にけしかけられた割には、相変わらずもどかしいですね。(誰のせいだよ)
どこまで続くんだという勢いですが、そろそろ佳境に近づいてきましたかね。
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