導べの星 第8話

― SCENE7 ロザリア

辛いのは、あなただけじゃないの。
…多分、あなたはそのことを一番よく分かっているのね。
皆が、幸せになれればいいのに。






「あ、陛下、ロザリア、いらっしゃい。ようこそおいでくださいました!」

約束の時間に緑の館を訪れると、マルセルがちょっぴり改まった挨拶をして私達を出迎えてくれた。

「ふふっ、マルセル、お招きどうもありがとう」
「ありがとう、マルセル。陛下ってば、あんまり楽しみにされるものだから、午前中の執務が疎かになっていましたのよ」
「あっ、ロザリアってば。そんなことはありません!」

ちょっぴり誇張してみたのだが、案外図星だったようで、ぷいっとむくれてそっぽを向いてしまった陛下を見て、マルセルが耐え切れず、くすくすと楽しそうに笑う。

「ふふふふふ。ありがとうございます、お二人とも。さ、どうぞ、こちらへ」

マルセルに案内されてながら、こっそりと隣の陛下の様子をうかがう。

彼女は笑っていた。
館の奥からは、先に到着していたランディ、ゼフェル達も姿をみせ、楽しげに年若い守護聖達と話している。

でも、私は知っている。


この笑顔を作るために、彼女がどれだけの勇気を必要としているのかを。
笑顔と言う仮面の奥で、どれだけの涙を流しているのかを。
今朝方の告白。
あれこそが彼女の本心なのだから。


「…の。ね、ロザリア?」
「え?ええ」

つい思いを馳せてしまっていたところに、突然声をかけられ、慌てて生返事を返す。

「?ロザリア、どうかしたの?ぼーっとするなんて珍しいわね?ロザリアらしくないわ」
「いえ、大丈夫、何でもありませんわ。失礼しました。それで、何のお話でしたかしら?」

優雅に一礼してごまかして、話題の続きを促す。

「だからね、もうすぐルヴァ様達もお見えになるから、そうしたらにぎやかになりますねって言ったら、陛下がさっきロザリアと、大勢のお茶会は久々だから楽しみっていう話をしてたって」
「そうでしたの。もちろんわたくしも楽しみにしていてよ、マルセル」

横目で陛下の様子をうかがうと、彼女は底の見えない笑顔で優しく微笑んでいるだけだった。

最近の彼女はいつも笑顔だけれど、なんだか以前に比べて表情に乏しくなってしまったような気がする。
以前はもっと喜怒哀楽が激しかったはずなのに。

…なぜ、わたくしがこんなことを考えなければならないの?
なんだか納得いかないわ。
元はと言えば、あなたのことじゃないの。
相変わらず考えなしなんだから。少しは自分のことも、周りのこともお考えなさい、仕方のない子ね。




通されたお茶会の席では色々な話をした。
マルセルの作ったお菓子は申し分なかったし、お茶もとても良い物で、久々に学生に戻ったような気分で浮かれていたのは間違いない。私も、陛下も。

と、そこに後ろから声がかけられた。

「マルセル」
「お招きありがとう、マルセル」
「あ、ルヴァ様、リュミエール様!いらっしゃいませ、ようこそ!」

にこやかに対応する、マルセルと年少組の守護聖達。
ルヴァを見て、ふわりと隣に座る陛下の周りの空気の色が変ったのが私にはわかった。

陛下は、明らかにルヴァの顔を見るのを怖がっていた。
もちろん、周囲の者にそれと悟らせることはないけれど、多分、ルヴァにもそれがわかったんだと思う。
ルヴァは意図的に陛下と視線を合わさないように、私に声をかけてきた。

「ロザリア、陛下もお揃いとはお珍しいですね」

マルセルは、一言二人に挨拶すると、ランディ、ゼフェルを率いて、厨房に戻ったらしい。それなりに準備があるのだろう。
陛下はリュミエールと話している。こちらには見向きもせずに。

「ええ。陛下の御世も大分落ち着いて参りましたし、たまにはこうして皆との交流を深めるのも悪くはありませんでしょう?」
「…そうですね」
「ルヴァは、陛下とお話になりませんの?」
「……私は…そうですね…」
途中で言い淀むと、辺りをうかがい、周りに気付かれないように素早く囁いた。

「ロザリア、あなたは知っていらっしゃるんですか、私が」
「何のことかしら?」

意地悪く言葉を遮り、にっこりと小首を傾げて微笑む。
頭のいい人だから、それだけで私が全てを承知しているのを理解したんだろう。
ふっと溜息をついた。

「あなたには、敵いませんね」
「ですから、何のことでしょう?『女性とは、はっきり言われないと分からない生き物なのよ』」

ルヴァは、含みのある言葉に打たれたように黙り込んでしまった。
全く世話が焼ける二人なんだから。

私は立ち上がり、おもむろに陛下とリュミエールに声をかけた。

「陛下、ルヴァが陛下にお話したいことがあるそうですわ。そうそう、リュミエール、申し訳ありませんけど、先ほどマルセルがハーブティーのおいしい淹れ方を教えて欲しいと申していましたの。私もご一緒に、向こうで教えていただけないかしら?」
「ええ、ロザリア、喜んで」

隣で硬直しているルヴァに向かってにっこりと微笑いかけると、私はさっさとリュミエールと連れ立って歩きだした。

数歩先で立ち止まり、振り返って。

「ルヴァ、しばらくの間、陛下をよろしくお願い致しますね」
「ちょ、ちょっとロザリア、私もっ!」
「さ、参りましょう、リュミエール」

陛下が一緒に行こうと言う様子を見せたが、無視してすたすたと歩き出す。
優しいリュミエールは一瞬戸惑ったが、私が目配せすると、二人きりにさせたいと言うのは分かってもらえたようだった。








辛いのはあなただけじゃないの。
幸せになって欲しいの、あなた達には。  (続く)









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作者より
比較的早目の続きと相成りました。
ようやく再会です、二人(笑)

いやー、ロザリア様頑張ってますね〜^^;
この方がこんなに策略家だとは思いませんでした。
私の書いたプロットどんどん無視して話進めてくださるものだから、とうとう自分がおかしくなったのかと思いましたわ^^;
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