導べの星 第7話


― SCENE6 アンジェリーク

あなたとの間に訪れた束の間の擬似的幸せ。







「…となります。本日の予定は以上ですわね」
「ではこれにて閉会とする。皆、早朝よりご苦労であった。解散」

補佐官ロザリアの麗しくも流暢な説明が終わると、その言葉を引き取るようにジュリアスがその場を締めた。

私が女王に、ロザリアが補佐官に就任して数ヶ月が経った。
宇宙の移動などという偉業を成し遂げた直後は、当然聖地も天地が引っくり返ったごとき大騒ぎだったが、最近は比較的落ち着いて来た。
そう、こうして毎朝定例会議など開けるくらいには。

ジュリアスの閉会の辞を受け、出席していた守護聖達は思い思いに席を立ち、退室してゆく。

と、年若い守護聖達がどやどやと玉座に近づいてきた。


「陛下、ロザリア、僕、昨日チェリーパイ作ったんです。よかったら、今日のお茶は僕の所にいらっしゃいませんか?」

時代は変わった。
前女王は例え守護聖の前でも御簾越しで、ベールを取ることすらなかったと言うが、私はそんな慣例を「だって、寂しいじゃない?」の一言できれいさっぱり廃止してしまっていた。

「まあ、マルセル、あなたがパイを焼いたの?」

ちょっぴり驚いた顔をしたロザリアに、脇からランディがなぜか得意そうに答える。
「そうなんです。マルセルのパイはすごくおいしいんですよ。最近ますます腕をあげてて。な、ゼフェル?」

同意を求められたゼフェルは、けっと横を向く。

「ふん、あんな甘ったりーもん俺に食わせんなよ、マルセル」
「何だよゼフェル、この前は『お、案外うめーな』なんて言いながらおかわりまでしながらばくばく食べてたじゃないか」
「なっ!何言ってんだよお前っ!」
「相変わらず素直じゃないなあ」
「どーいう意味だよ、それはっ!」
「もう、ちょっと二人とも。そこまで!」

肩をいからせて向き合う二人に割り込むと、両手で押し分けるマルセル。

「と言うわけで、お二人にもお茶会にいらしてほしいんです。ランディ、ゼフェルの他にルヴァ様、リュミエール様にも来ていただけるようにお願いしてるんですよ」

予期せず出されたルヴァの名前に、表情が一瞬引きつった。
女王就任以降、未だに公務以外で彼と顔をあわせたことはなかった。

それに気付いたのか気付かないのか、ロザリアが暢気に返事をする。

「そうですわね、今日はそれほど急ぎの仕事もありませんし。陛下と一緒に伺わせて頂くことにするわ。よろしいですわね、陛下?」
「え?ええ、もちろんよ。楽しみにしているわね、マルセル」
「ありがとうございます!うれしいなぁ」
「では、俺達も執務がありますので、これで。失礼します」
ランディが代表して一礼をすると、続く二人も形ばかり頭を下げ退室していった。

それを確認すると、知らずのうちに力んでいた全身から力を抜いて、豪奢な椅子の背もたれにもたれかかった。

「アンジェリーク」

いつのまにか人払いをして、鍵までかけてから戻ってきたロザリアの口調は、補佐官としてのものではなかった。

「ロザリア?どうかして?」
「・・・ルヴァと何があったの、アンジェリーク」

どきりとする。心臓をきゅっとつかまれたような痛み。

「なんのこと?」

浮かべた笑顔は引きつったものになったかもしれない。
これではロザリアには意味のないものかもしれないけれど、女王たるものそうそう泣き出すわけにもいかないのだ。

「ルヴァ、今日もあんたを見つめていたわ。見ているこっちが苦しくなりそうな表情で」
「……。」
「さっき、お茶会の出席者にルヴァの名前があがったとき、あんた、同じような顔したわね?一体何があったの?私には知る権利があると思うわ」

私は陛下の補佐官なんですからね。と付け加えるのを忘れないのはさすがと言うべきか。

「…何もないの…」

しばらくの沈黙の後、ぽつりと答えた。

「嘘おっしゃい、何もなかったらあんな表情できるものですか!?」
「ほんとに、何も、ないのよ」

一言づつ区切るように、自分に言い聞かせ、確かめるように言葉を発する。
泣き出さない自分が不思議だと思った。
どうして涙はでないんだろう?

「ロザリア知ってた?私、あの人が好きだったの。あの人が、女王にならないでくれと言ったら、試験を放棄する覚悟もあったわ。でも、あの人は私に女王になってほしいと言ったの。だから、私はこの地位を受けた。それだけが唯一、あの人の望みを叶え、傍にいられる方法だったから。ただ、それだけのこと。ほんとうに、『何もない』のよ…ふふっ、おかしいでしょ?あの人ったら、『あなたは選ばれた方です』なんて言うの。あの人に選ばれなければ、何の意味もないのに、ね」

「アンジェリーク…」
「だから、本当に何もないの」

念を押すように繰り返し告げると、なぜかロザリアの方が泣きそうな顔をしていた。 可笑しいわね、私のことなのに。

「でも、今は幸せよ、私。こうしてロザリアが心配してくれるんだもの。宇宙の皆も愛しているわ」

そう、例えこれが擬似的な幸せだとしても。
今、私は幸せ。
形はどうあれ、あの人の傍にいられるのだから。  (続く)





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作者より
ここまで間が空くと、もう断筆したほうがいいのではないかと思います(泣)
というわけで、8ヶ月振りの続きです。
なのにルヴァ様まだでてきてません(爆)
次こそは!

久々に書いたので、前回までの話を読み返していたのですが、
改めて読みなおすとこの話、三人称と一人称が交錯してて、読みづらいかもです。。。
一応作者の中では意図的なんですが、あまりにわかりにくいようだったら、全部書き終えてから改訂するかもしれません。
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