導べの星 第5話

― SCENE4 ルヴァ

この幸せがずっと続くと信じていました。
あの日までは…。


王立研究院の責任者パスハは、今日も大陸の育成データの収集、分析に忙しい。

「こんにちは、パスハ。エリューシオンとフェリシアの様子はいかがですか?」
「これはルヴァ様。お呼びいただければ参上しましたが…」
「いえ、いいんですよ」
「そーだよ、パスハ。この人とクラヴィスはこんな用事でもないと外に出ないんだからさ、遠慮することないんだよ」
「オリヴィエ様」
「おや、オリヴィエ。あなたがここにいるとは珍しいですねー」
「言ってくれるじゃないのさ。私がここにいちゃ悪い?」
「そんなことはありませんよ。仕事熱心で結構なことですね」
「…あんたそれ、本気で言ってる?ケンカ売ってんじゃないでしょうね?」
「どうして私があなたにケンカを売らなければならないんです?純粋に褒めてるんですよー」

その口調がどこぞの水の守護聖を彷彿とさせて、一気にげんなりとした表情になるオリヴィエである。
ルヴァに悪気がないのはわかっているのだが。

「ゼフェルもあなたを見習って真面目に仕事をしてくれるといいんですがね」
「そりゃあ無理でしょ。なんたってゼフェルだもんね」
「…はぁ、そういうものでしょうか?」
「そうなの!」
よくわからない根拠の元にオリヴィエが一刀両断する。

こほん。パスハが咳払いをする。
「ルヴァ様、オリヴィエ様。ご用件をどうぞ」
「ああ、失礼しましたパスハ。大陸のデータを頂きに来たんですよ。フェリシアとエリューシオンの様子はいかがですか?」
「私の用件もまあそんなとこ。お嬢ちゃんたちの頑張り具合を見に、ね」
「ロザリアの育成する大陸はあいかわらず順調です。彼女の育成バランスにはほとんど隙がありません。アンジェリークの育成する大陸は、多少のばらつきがあるものの、おおむね順調といってよいでしょう。試験開始直後はどうなることかと思いましたが。大陸の人口もほぼ互角…だったのですが」
「「だった?」」
「はい。先週あたりからアンジェリークの大陸の望みに大幅な変動が起こっています」
「なんだって?!」
「それはどういうことなんですか?」
「…このままですと、アンジェリークの大陸の住民が先に中の島にたどり着きます」

ひゅぅー
オリヴィエが尻上がりの口笛を吹き鳴らした。
「やるねぇ、アンジェちゃん。ロザリアを負かすなんてたいしたもんだ」
「これはあくまで予想にすぎません。まだ確定ではありませんので、くれぐれも女王候補達に口外なさらないでください。無駄に彼女達の精神を乱すのは、女王試験のためになりませんので」
「わかってるよ。これでも守護聖。…おや、ルヴァ、どうしたの、固まっちゃってさ」
「え、え、い、いえな、なんでもありませんよ、ははっ」




なぜでしょう、私はこの知らせを聞いてショックをうけたんです。
彼女が女王になるというのは喜ばしいことのはずなのに。
だから、気付きました。
まったく私は鈍いですね。
自分がときどき情けなくなります。



「ふーん?ま、いいか。ルヴァ、時間ある?ちょっとつきあってよ」
「はあ?ええ、構いませんが。ああパスハ、ありがとうございました」
「んじゃーね、パスハ。ちょーっとこの人借りてくから、誰かに聞かれたらそう言っといて」
「…はあ」

ひらひらと右手をふり、左手でルヴァの肩を抱くようにして(なかば引きずるようにして、と見えたかもしれない)研究院をでていくオリヴィエを見送るパスハに「台風一過」という言葉が浮かんだかどうかは定かではない。





「あのさ、ルヴァ」
「はい?」
「あんた、アンジェリークのことどう思ってるの?」
「…いい子だと思いますよ。元気で、一生懸命で優しくて。ああいう妹がいたら楽しいでしょうね」
「そうじゃなくてさ」
ちょっといらいらしたような様子でルヴァに向き直る。
「あの子のこと好きかって聞いてるの!!」
「もちろん好きですよ。彼女のこと、嫌える人の方が少ないのはあなたも知っているでしょう?」
「だーかーらー!!」
「恋愛感情です」
さらりと言われた台詞に瞠目する。
「ルヴァ…」
「彼女を、アンジェリークを愛しています。…と言っても気付いたのはついさっきなんですがね。正直エリューシオンが発展していくのが怖いことに、今更ながら気付きましたよ」
「このままでいいの?」
「…アンジェリークはこのところ毎日のように私の執務室に顔を出してくれます。私は彼女の笑顔を見るのが嬉しくて。この幸せがずっと続くと信じていたんです。…馬鹿ですね私は。永遠に不変なものなんて存在しないことは自分が一番良く知っているはずだったのに」

私はほんとうに大ばか者です。そう言ったルヴァの顔には、いつもはありえない陰りが見えた。

「言うつもりはない、ってこと?」
「彼女は女王になるべき人です」
なによりその輝きが物語っている。そのことはうすうすとオリヴィエも感じてはいたのだが。

「後悔しないね?」
「どうでしょう?私は弱いですから、きっと後悔する日がくると思います。でも彼女は女王になるべき人で、私はそんな彼女を支えてあげたいんです」
「アンジェリークはあんたのことが好きだよ」
「そう、なんでしょうね」
「知ってるんだったら、彼女の幸せを考えてやりなよ」
「彼女の幸せは、女王になることですよ」

私の中のどこか冷めた部分が勝手に言葉を紡いでいました。







彼女が女王に決まるその日まで。
私はこの想いを封印します。
この感情は彼女の負担にしかならないから…。(続く)





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作者より
リクエストがあったので、予定より早くUPとなりました。(笑)
ほんとは、ちゃんと置く場所つくってからにしようと思ってたんですけど。
オリヴィエ様大活躍です。
こんなに活躍する予定じゃなかったんですけど、このかた面倒見良過ぎちゃうんで。
普段苦労してるんだろうな〜^^;
そして、念のため一言言っておきますが、私はリュミ様ちゃんと好きですから(笑)
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