導べの星 第12話

― SCENE11 アンジェリーク



静まり返った聖殿にノックの音が響く。


「陛下。少々お時間を頂けますか」

聞き慣れた声。
待ち望んだ声。
この宇宙全てよりも愛しいと思う声。

・・・けれど、ありえない幻聴。

そう、思った。
ここは、女王の聖殿、その奥たる女王の私室。
こんな深夜にここに入ってこられるのは、侍女達を除けばロザリア位だろうか。
現に私が即位してからどれだけの月日が経ったであろうか、その長い年月の間、この場所に他の者が現れたことはない。


だから、ありえない。


長いこと待ち続けてしまった、私が作り出した幻。



「陛下。いらっしゃるのでしょう?開けて頂けませんか?」


そう、ありえない・・・


「アンジェリーク」


その名を呼ばれて、もう自分を騙して我慢することなどできなかった。
矢も盾もたまらず扉を押し開くと、そこには予想に全く違わない姿があった。


「夜遅くに申し訳ありませんね。どうしても、お伝えしたいことがあったものですから」
「どうして・・・ここには」

入れないはず、と口にしようとして気がついた。
ルヴァがここにいるということは、ロザリアがそれを認めたということ。

「ロザリアが?」
「はい。・・・・・・中に入れて頂けますか?」

小さくうなずいて奥にいざなう。


予感がしていた。この只ならぬ事態に。
運命の歯車が大きく動こうとしている、きっと。


ソファを勧めたがそれをやわらかく断って、そのまま窓辺へと歩み寄る。

伝えたいことがある、と言っていた。
明日の奏上ではいけないのだろうか。
このまま二人きりでいてはいけない。
きっと、流されてしまうから・・・。



「星が綺麗ですね。さすがにここからの眺めは素晴らしいですね」
外を眺めながら、誰に告げるでもなく言葉が紡がれる。

「ルヴァ、どうしたのです?何かあったのですか?」

一度乱れた心を落ち着かせ、その後姿に女王として問い掛ける。
その言葉に、ルヴァはゆっくりとこちらを振り返った。
瞳に切なげな、悲しげな光を浮かべて。

玻璃のような光だ、と思った。
月光がきらきらと舞い遊ぶ、玻璃で出来た器のようなはかなさ。

穏やかに言葉を選んでいるようだったが、耳に入った言葉は信じ難いものであった。

「陛下・・・お別れに参りました」
「・・・・・・え?」
「最後の夜ですから。ロザリアに我侭を通してもらいました。・・・・・・アンジェリーク、どうしてもあなたに会いたくて」
「ル、ヴァ?」

怖れに目が見開いていく。
わかってしまった。
なぜ、彼がこんなことを言い出したのかが。
自分の力がこれほど疎ましく思えたのは初めてだった。

これほどの恐怖が、存在することを私は知らなかったのだと思う。
死の恐怖に晒されたことも何度となくあったが、これほどの絶望を味わったことはなかった。
だって、いつでも必ず彼が助けてくれた。
どんなときでも助けてくれると信じていて、それが裏切られたことはなかった。
だから、今はただ、怖い・・・。



「アンジェリーク・・・恐れないで下さい。私は・・・そうですね、喜んでいますよ。こうしてあなたの元へ来る勇気を得られたことをね」
「だって!!」
「アンジェリーク。」
言葉を切って私の瞳をじっと覗き込んでくる。
あの、玻璃の光の瞳で。

「今なら伝えられます。あなたに、伝えなければならない。アンジェリーク、私はあなたを愛しています」
「ルヴァ様・・・」

気付くとあの頃の呼びかけに戻っていた。
なぜ涙が止まらないのだろう?
運命の神様とはなんとむごい仕打ちをなさるのだろう?

もう、何が悲しいのか、それとも嬉しくて泣いているのかもわからない。

「あの時・・・森の湖で私はあなたなら素晴らしい女王になれるはずと告げました。それは間違ってはいなかった。けれど、私は大きな過ちを犯しました。・・・あなたを思い切れなかったこと。それが私の罪です」
「いいえ、そんな!罪なんてありません!だって!」

私もあなたを忘れられなかったから。


声にならない声で告げると、信じられないと言う顔をするあなた。
「罪だというのなら、私こそが罪人です。宇宙を愛する振りをして、皆を欺きつづけてしまった」
「アンジェ」
「ルヴァ様が好き。全身全霊を懸けて愛しているわ!
でも私は皆を捨てられない。どちらも等しく愛しているから。あいして、いるの・・・」
「アンジェリーク!」

気付くと私はルヴァ様に抱き締められていた。
「いいんです、あなたはそれで。私はそんなあなただからこそ、好きになったんですから」
「ルヴァ様」
「愛してる、アンジェリーク」
「ル・・・」

少し冷たい唇が、優しく覆い被さってきた。
初めての口付け。
出会ってからどれほど経っただろう。
どれだけの出来事があっただろう。

何もかももういいんだ、と言われたような気がして、私は安心して瞳を閉じて彼に全てを委ねた。(続く)





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