導べの星 第11話


― SCENE10 ルヴァ


時が満ちた。
多分、そういうことなのだと思う。


3度の女王試験、宇宙の交替、他宇宙からの侵略、新宇宙の誕生・・・。
全宇宙の智恵を司る地の守護聖といえど、歴代の守護聖に比べても私ほどさまざまな体験をして経験を積んだものはいなかったのではないかと思う。


しかし。


「知識としては知っていましたがね、実際自分がそうなってみると結構辛いものがあるんですよ」

珍しく自室に訪ねてきた(というか、招いたのだが)炎の髪の青年に、ついそんな言葉を漏らしてしまうあたり、私も年をとったのかもしれない。

「ルヴァ・・・」
「あぁ、すみませんオスカー、そんな顔をしないでください」
「なーに辛気臭い顔してるのさ、私たちだっていつかはそういう時期が来るんだからさ」
「それはそうだが。誰もがお前のようには考えられんぞ、オリヴィエ」

相変わらず派手な美女もどきの青年は、口調ばかりはのんきに装う。
だが、長い間を共に過ごして来た同僚達はそれがカモフラージュにすぎないことを知っている。

「そうですねー、でもこれも天命ですから。あなた方に今後を託せると思えば安心ですよ」
「ルヴァ様」

水の髪の優しげな青年が気遣うような視線を向けてくるのに、心配は要らないと笑みを返す。

確実に次の世代の中心を担う守護聖は彼らであり、彼らに託せれば心配ないということ自体は本心である。
光と闇の守護聖も、そろそろ自分と同様の徴候を見せているだろう。
ただ、自分が一番最初になるというのは若干予想外ではあったが。
だが後顧の憂いは無いはずである。


ただわずかな心残りを除いては。




「・・・ルヴァ様、ゼフェルにこのことは?」

静かに首を振る。


わずかな心残りのひとつ。
弟のような、我が子のような愛情で慈しんできた教え子。
私がいなくなって、また荒れたりはしないだろうか。



「アンタから言ってあげたほうがいいと思うけどね」
「大丈夫ですよ、あの子も強くなりましたし」
「いいのか、本当に?」
「私よりも適任者にお任せすることにしたんです」
「適任者?」

私は無言で立ち上がり、扉を開く。

「もう一人のお客人です」
「「「ロザリア!!」」」

開かれた扉の向うには、呆然とした顔で立ちすくむ女王補佐官の姿があった。

「お忙しいところお呼びたてしてすみませんね、ロザリア」
「いいえ、それは構いませんが・・・ルヴァ、今のお話は・・・・・・」
「とりあえず、中に入った方がいい。麗しの補佐官殿を廊下に立たせたままにさせるなんて、このオスカーの名がすたる」

相変わらず女性に関してはそつがないオスカー。
いつの間に席を立ったのか、さりげなくエスコートして室内に案内するオスカーにロザリアを任せることにして、私も席に戻る。


「ルヴァ・・・」

あまりといえばあまりのことに、座ってからも言葉にならない様子のロザリアに、私は多分彼女が聞きたいのであろうこと、そして私が話すべきと判断したことを自ら告げる。

「ロザリア、お話すべきか迷ったのですが・・・やはりあなたにはお話しなくてはならないと思いまして。もうお分かりかとは思いますが・・・・・・私のサクリアはもうすぐ枯渇します」

呆然と瞳が見開かれ、うわ言のように呟く。


「そんな・・・そんなことって・・・・・・だってまだ・・・陛下は・・・?そう、ゼフェル・・・ゼフェル様は?」

ゼフェル「様」と呼んだロザリアに、同席していた青年たちがわずかに驚きの表情を浮かべる。

(おや、オリヴィエも知りませんでしたか)

普段、ロザリアは守護聖たちを敬称をつけずに呼ぶ。これは仕事であり、まだ公務中である今、お役目第一の彼女がそれを忘れることは過去にもほとんどなかったはずであるが。

(ふーん、そういうことなんだ。「適任者」、ねぇ・・・あんまりに酷じゃないかい、ルヴァ)
オリヴィエがそんなことを表情に浮かべてオスカー、リュミエールの方を見ているのがわかった。
二人にせよ、同様のことを考えているのに違いない。
そしてそれは間違いではない。
しかし、彼女以外に適任者が他にいないのも事実である。
首座と次席の二人が自分と同じような状態である以上。


「どちらにもまだ。・・・・・・もっとも、陛下はすでにお見通しかもしれませんが」
「だって、だって・・・あんまりですわ!まだ、ルヴァには色々してもらわなければならないことがありますのに!」
「私のお役目など、もうほとんどありませんよ。引継ぎにしても予感がありましたから準備していましたしね。あとは次代の地の守護聖を見つけることくらいでしょうか」
「でもっ!」

言葉にならないロザリアを見ていると、女王候補生だった頃のあどけない彼女の姿が思い浮かんでくる。そして常にその隣にいた彼女も。

(ルヴァ様!)
まとわりつく幻影を振り払い、努めて冷静に告げる。


「ロザリア、陛下とゼフェルをよろしくお願いします。・・・・・・私がここを去った後も」
「ルヴァ!」
「お願い、しますね」
「・・・・・・・・・はい」

うなだれてしまったロザリアの肩に、オスカーがそっと慰めるように手をかける。

「他の守護聖には伝えていないのですね?」
「ジュリアスとクラヴィスは知っていますよ。直接言った訳ではありませんが、まぁ、付き合いが長いですしね」
「だから俺達が呼ばれたのか?」
「そうですよ。時代は動いています。あなた達、そしてランディ達が次の時代の要となり、年若い新守護聖たちを導いてゆかなければなりません。あなた達ならば大丈夫だと、私は信じていますよ」
「ルヴァ様・・・」
「大丈夫ですよ、リュミエール。私達はこれまでも数々の困難を乗り越えて来たではありませんか。それを思えばこれからも充分にやっていけますよ」
「ほらリュミちゃんてば。アンタがそんな顔してると、この人いつまでも引退できないじゃないのさ」
「オリヴィエ・・・」

ちょっと皮肉がかった言い回しは彼なりの優しさ。

「気持ちよく行かせてあげようじゃないの。さーて、そうと決まったらオリヴィエ様、はりきっちゃうよーん!」
「あのー、オリヴィエ、そのことなんですが」
「どうせなら、聖地をあげてパーっと送別会やらなきゃね。ど派手ーな衣装とかどう、ね、どう?!」
「あのー、お気持ちはありがたいんですが、出来ればそっとここを立ちたいんですよ。見送りも要りませんから」
「何いってんのさ、アンタ仮にも一応聖地のVIPなんだよ、そんなのOKが出るはずな」
「わかりましたわ」
オリヴィエの言葉を遮るように凛と響いた言葉はロザリアのものだった。

「そのように取り計らうよう、陛下には私からお伝えします。・・・・・・他ならぬ、ルヴァの最後の願いですものね」
「ありがとうございます、ロザリア」


ありがとう、ロザリア・・・
最後にもうひとつだけ、我侭を言わせてください・・・(続く)






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