アリオスの開業     はね様

このままではいけない――――気がする。
いつものように約束の地で昼寝していたアリオスは、ガバッと起きあがり宿屋へ戻っ た。
数時間後……両手に何やら大量の紙を抱えたアリオスが出てきた。
それから更に1時間後。手に抱えていたビラを、この大陸−アルカディアのあちこちに
貼り終えたアリオスは、満足げな表情で再び宿屋に戻った。
そのビラには、『なんでも承ります。詳しくは下記まで。…宿屋2号室:アリオス』
アリオスの感じた焦燥感というのは……いつまでも職を持たずぶらぶらしていてはいけ ない!
俺も仕事を始めなければ!……だった。

*          *         *

【Mission1 +++ メカの部品を集めてくれ +++ CLIENT…ゼフェル】

アリオスがビラを貼り終えてからわずか20分後。最初の客がやってきた。

「よお」

そう言ってドアから顔を出したのは、片手に例のビラを持った鋼の守護聖様だった。
「ここに『なんでも承る』って書いてあるけど、本当になんでもしてくれんのか?」
言葉使いが乱暴な客を見上げ、アリオスは慣れない微笑みを口に浮かべた。
心の中ではこんなことを毒づきながら…。

(営業スマイル一つでもこんなに苦労するとは…ちっ。大龍商店とかいう店の商人を少し尊敬するぜ)

「あ、ああ。報酬は依頼内容に応じて決めさせてもらうことにしてる。で、依頼は何だ?―ついでにお前の名前も教えてくれ。」
「ゼフェル。依頼は簡単だ。俺はしばらく忙しくて、大好きなメカいじりをする暇が全然ないんだ。ちくしょう、ジュリアスの野郎…!」
「ん?」
「あ、いや、なんでもねえ。だから、その時間短縮のためにあんたに部品を集めてもらおうと思ってる。な、簡単だろ?」

(なんかイライラしてないか?この客…。まあ、そんなことはどうでもいい。意外と楽そうな仕事でよかったぜ)
依頼料をどれくらいにするか計算しながら、更に質問を続ける。

「で、その部品ってのはどれくらい集めればいいんだ、ゼフェル?」
「最低5つ。種類は問わねえ。一回、寄せ集めの材料でどれだけすごいメカができるか試してみてーんだ!あ〜、考えただけでワクワクする!」

少年の目がキラキラ輝く。それを見てアリオスは、何か一つのことに打ち込めるっての はいいことかもな、なんて考えてしまう。

「ああ、分かった。早速行かせてもらうぜ。期間は?」
「次の土の曜日までに頼む。依頼料はその次の週の日の曜日まで待ってもらいたいんだけど構わねーか?」
「いいぜ」

そうして交渉は成立した。

           *         *         *

(さあって、部品を集めるって言ってもどこに行けばいいんだか…。そうだ、一回あの怪しげな店を覗いてみたかったんだよな。そのためにかかった費用は必要経費として貰えばいいし…)
アリオスは大龍商店へ向かった。

「いらっしゃ〜い!お、初めてのお客さんやな?なっかなか男前やん♪ま、俺には負けるけどな〜。さあ。どんどん見てってや〜」

(商売ってのはこんな風にやらないと客はつかないのか…?はあっ、先が思いやられるぜ…)

何かいい材料はないかと物色していると、ある物が目に留まった。
―――天使のランプ。
(これなんか、バラせば結構使えるかもな…)

「おい、この天使のランプってのをくれ」
「は〜い、毎度あり♪おにいさん、コレ、彼女にでもプレゼントするん?きっと喜ぶと思うわ〜。じゃあ、サービスにリボン♪」
「………」

質問には答えず、アリオスは大龍商店を出て、次の場所に向かった。

           *         *         *

あんまり行ったことのない場所だが、玻璃の森はガラスでできているという。
もしかしたら何か手にはいるかもしれない。そう思いながらアリオスは玻璃の森に足を向けた。

(意外とこのランプ、邪魔だな…)

玻璃の森に入る手前の道に浮島があった。少し興味を覚えて、長い階段を上っていく。
頂上につくと、思っていたより見晴らしがいい。

(しかし、どうやって浮いてるんだ?この島は…)
そんな疑問が表情に表れていたのだろうか、眼鏡をかけた堅苦しい感じがする男が寄っ てきて、突然説明を始めた。

「この浮島の動力源は浮遊石という石です。ただ、この石があるだけではこんなに見事 に島を浮かばせることはできないと思いますが。ここの大陸の人々の技術力には目を見張 る物があります。たまたま多めに手に入ったので、あなたにもお分けしましょうか?あ、 私はエルンストと申します」
「あ、ああ、ありがとう。俺はアリオスだ」
少し怪訝に思いながらも、いい材料が手に入ったので、素直に感謝の言葉を述べる。
「どういたしまして。それでは私はこれで。」

現れた時も突然だったが、去るときも突然だ。
呆然とその後ろ姿を見送りながら、アリオスは本来の目的を思い出し、今度こそ玻璃の森へと向かった。

玻璃の森を入ったところにいるオウムに驚かされながらも、奥の方に進む。
すると、何かたくさんの物がくくりつけられている木を見つけた。
「なんだ、ここ…?」
ふ、っと足元を見ると、小さな鈴が落ちていた。

(まあ、落ちてるもんだし貰っておくか)
こうして、なんなく3個めの部品を手に入れた、と思った矢先。

「ごめんなさい。その鈴、実は僕が下げたんです。返してもらってもいいですか?」
振り返った先には、スラリとした赤毛の少年がいた。

「悪ィ。ちゃんと持ち主がいたんだな」
「こちらこそごめんなさい。拾ってくれてありがとうございます」
少年は心底嬉しそうな顔をしてアリオスに礼を言う。

「礼を言われるほどのことじゃないが…そんなにこの鈴が大事なのか?」
「はい。まあ、願かけみたいなものなんですけど…。あ、そうだ。僕、メルっていいま す。占いの館にいつもいるから、今度ぜひ遊びに来てください。お礼にいいものを差し上げます」

ちょっといたずらっぽく微笑んで、メルは鈴を再び木に結びつけた。
「これでもう大丈夫!」
くる、っとアリオスの方に顔を向け、
「絶対だよ?」
去っていった。

(今日はもう遅いし帰るか)
アリオスは宿屋へ向かった。

*         *         *

翌日。
(昨日の約束もあることだし、今日は占いの館に行ってみるか)
朝も早い内からアリオスは出発した。

「おい、言われた通りに来たぞ」
館に入ってメルに言う。先客がいたのか、奥からメルとは違う少年の声が聞こえた。

「あ、メル、お客さん?じゃあ、僕はもう行くね」
「またね、マルセル様」
奥から出てきた少年の顔はまだ幼い。

「ごめんなさい、お邪魔しました。メルの占いもおまじないもとっても効くから、試し てみてね。それじゃ!」
金色の長い髪を軽やかに揺らし、あっという間に行ってしまった。

(別に占いに来た訳じゃないんだが…。にしても、あのメルってヤツが占い師だったと は驚いたぜ)

「昨日はどうもありがとうございました。これが昨日言っていた“いいもの”です」
そう言って手渡されたものは、小さな袋に入った粉だった。
「えっと、これは何なんだ?」
純粋に分からない。白い粉……怪しい想像を振り切って、恐る恐る尋ねてみる。
「ラブパウダーです。すっごく効果があるから、ゼヒ使ってみてね。ラブラブフラーッ シュ♪」

(もしかして、さっきの金髪の坊やが言ってたおまじないってのは…)

更に膨らむ疑惑を押さえつけ、無理矢理に笑顔を作る。
「サンキュ。ありがたくもらっておく。じゃ、もう行くな」
「はい、頑張って下さい」

(何を頑張るんだ、何を!)

昨日から何かと誤解の多いアリオスだったが、何はともあれ3個めの部品ゲットである。
アリオスの頭には、こんなものがメカの部品になり得るかどうか、という考えは全くな かった。

          *         *          *

天気もいいし、今日は日向の丘に行ってみようと思い立ち、そのまま足を向ける。

(う〜ん、なかなか順調だなー)
「仕事」がはかどっているので気分もいい。

遊歩道を越え日向の丘に着くと、絵を描いている人が二人いる。
どちらも女性と見紛うばかりの美貌の持ち主だ。
どんな絵を描いているのか気になり、二人に近寄ってみる。

「セイラン、あなたの方の進み具合はどうですか?」
「そういうリュミエール様はどうなんです?」

どうやら、リュミエールと呼ばれた方の水色の髪の方が水彩画を、セイランと呼ばれた 方が油絵を描いているようだった。
二人とももう仕上げの段階で、もうすぐ描き終わりそうだった。

その時アリオスは閃いた。絵の具ってのも立派な材料になるんじゃないか?

「ちょっとすまない。いいか?」
同時に視線を上げる二人。

「なんでしょう?」
「なんだい?」
“にっこり”という音がどこかから聞こえてきそうな笑顔を返すリュミエールと、少し 皮肉っぽい笑顔を浮かべるセイラン。対照的な二人である。
「あ、ああ。その絵の具を少し分けて貰いたいと思ったんだが…」
アリオスはその笑顔を見比べて、リュミエールの方だけを見て話すことにする。

「絵の具を、ですか?あなたも見かけによらず絵を描かれるんですね。どうぞ、持って いってください。何色がよろしいですか?」
何気に傷つくようなことを言われた様な気がするが、気にしないことにする。
くれると言っているのだから大人しく貰っておこう。
「じゃあ、青色を」
その時、セイランが送る視線に気付いた。
「ん?なんだ?」
「いや?君はなかなかおもしろそうな人間だと思ってね。一色で何を描くつもり?これ も持っていきなよ」
なんだか分からないが、白の油絵の具も手に入れることができた。

(俺からすれば、あんたの方がよっぽど変わって見えるけどな)
という言葉は飲み込み、礼を言ってから歩き出す。4個めの部品もゲット、と。

           *        *         *

土の曜日までにはまだ時間が少しある。今日はもう宿屋へ帰ろう、と足を向けたその時。
アリオスは、一人の少女が泣いているのを見つけてしまった…。

(ちっ。厄介だな…)

そうは思いながらも、泣いている少女を放っておけるほど薄情な性格でもないアリオス
だった。
「よお、どうしたんだ?迷子か?」

少女はふっと顔をあげる。遠目にはもっと幼く見えたが、年の頃は16,7だろうか。
へそ出し・脚出しルックの、やけにスタイルのいい少女だった。

「迷子って、一体いくつに見えるわけ?そんな理由で泣いてたんじゃないわ」
「はーっ。じゃあ、大丈夫なんだな?俺はもう行くぜ?」
心配して声をかけて損した、と、アリオスが行きかけたその時。

「待って!これ、持っていって。もう私には必要のないものだから…」
そう言いながら少女−レイチェルがアリオスに手渡したものは………笑い袋だった。

「……………。」
「な、何よ!?確かにこんなもの、私には似合わないわよ!別にあなたには関係ないでしょう?放っといてよ!」
また泣き出しそうになる少女をどうもそのままにしておけなくて、アリオスは話を聞い てみることにした。

「俺でいいなら話相手になるから、話してみろよ」
レイチェルはようやく落ち着いたのか、少し赤くなって、小さな声でごめんなさい、と呟いた。
「ううん、もう大丈夫。あなたにあたってしまって、本当にごめんなさい。気分もスッキリしたし、もう帰ることにするね。でもそれはやっぱりあなたが持っていて」
言うだけ言って、レイチェルは帰っていく。
その後ろ姿を見送りながらアリオスが思ったことはただ一つ。

(そーいや、名前を聞いてもいなかったな。…まあいいか)

なんだかんだで最後の部品も手に入れ、足取りも軽く宿屋へ向かったのだった。

          *         *         *

それから土の曜日までは、することもなく、いつものように約束の地でごろごろして過ごしていたアリオスだが、一つの仕事を達成したという満足感で胸が満たされているのが、いつもとは違うところだった。

そして、ついに土の曜日がやってきた―――。
いつもよりも早く目が覚めたアリオスは、初めての仕事の成果が出るこの日、緊張を隠しきれずに宿屋の中をそわそわ歩き回っていた。

昼過ぎ…。
依頼人・ゼフェルは、仕事を依頼してきた時と全く同じ調子で、「よお」と言って部屋に入ってきた。
「先週頼んだ依頼、上手くいったか?今週はもう暇なんだ。ランディ野郎にほとんどの仕事を押しつけてきてやったからな!」
先週とはうってかわってとても機嫌のよさそうな依頼人に、こちらも機嫌のいいアリオスが手に入れた品々を持ってくる。

「頼まれた通り、部品5個分だ。確認してくれ」
「ああ、サンキュ!!」
そう言って笑う少年の顔にはまだあどけなさが残っている。

(こんな年の子どもでも、仕事仕事って言ってるんだからな…。全く、嫌な世の中だぜ)
それは、ゼフェルが守護聖というあまりにも特別な役目についているからなのだが、アリオスはそんなことはもちろん知らない。

「天使のランプ…おお、結構使えそうだぜ。ん…?なんだ、このリボン?あんたの趣味か?」
恐ろしいことを聞いてくる。

「そんな訳ないだろ…。それはあのおちゃらけ商人の趣味だよ」
「おおーっ!?すげぇ、浮遊石なんて手に入れたのか?」
全く、聞いているのかいないのか…。
「それは眼鏡の研究員が…」
「ああ?この白い粉も部品だってか?どうやって使うんだよ、おもしろいヤツだなー」
話を聞かないばかりか、挙げ句、おもしろいヤツ呼ばわりする始末。

(もういいか。黙っていたら勝手に終わるだろう…)
だんだんなげやりな気持ちになってしまうアリオスだった。

「絵の具に笑い袋!?なんだか、どんどんグレードが落ちてねえか?」
そう言いながらも、ゼフェルの表情は柔らかい。むしろ、楽しんでさえいるようだ。

「アリオス、依頼の出来は気に入った!1週間後の日の曜日を楽しみにしてろよ!じゃーな!!」
ゼフェルはうきうきしながら帰っていった。
それを見送るアリオスの表情も明るい。

(楽しみに、か。どれだけ報酬をはずんでくれるのか、本当に楽しみだぜ)

この時のアリオスは、自分が「楽しみ」の意味をはき違えていた、などとは知る由もなかった…。

          *         *         *

この後、宿屋から出たゼフェルがリボンつきの天使のランプを抱えているのを見て、
(あの美形のお兄さん、実はお姉さんやったんか…?)
と混乱するチャーリーや、ラブパウダーの包みを見て、
(あのお兄さんに使い方をちゃんと教えた方がよかったかな…?本人に渡しても意味はないんだけどな〜)
などとあらぬ誤解を抱くメルなど、この二人の話があっという間に広がって、その日の聖地は混沌に包まれていたことも話しておこう。
もちろん、本人たちは全くそんなことには気が付いていなかった。

更に余談だが、レイチェルが泣いていた理由についても触れておく。
秘かにチャーリーに思いを寄せるレイチェルは、彼をびっくりさせようとして、チャーリーが好きだという笑い袋をこっそりと他の店で購入し、プレゼントした。ところがそれを受け取ったチャーリーの第一声というのが、
「ひどいわー。俺のライバル店の商品を購入するなんて!」
だったのだ。
その後に起きたことは、想像に容易いであろう…。

          *         *         *

楽しみにしていることがあると、1週間は短いようで本当に長い。しかし、いざその日が来てみれば、振り返ると短かったと思うことが多いのもまた事実だ。
この日のアリオスもそんな風に、なんとも言えない、複雑な気持ちを抱えていた。

3度目の今日もまた、合図は「よお」の一言だった。
しかし、前の二度と違うことは、今日の鋼の守護聖様は、腕に何やらよく分からない物体を抱えていたことだ。そして、顔色もどことなく悪いように見える。
「3日間、ほぼ徹夜で完成させたぜ!見ろっ、寄せ集メカ天使だ!!」

(もの凄いネーミングセンスだな……。しかし、わざわざ見せに来てくれるとは、よっぽどいい出来だったんだな。これは報酬も相当…)

ますます高まるアリオスの期待をうち砕いたのは、次のゼフェルのセリフだった。
「じゃあ、これ。報酬は間違いなく渡したからな!」
「……………ちょっと待て。」
「あ?なんか不満でもあんのか?悪ぃが俺、金なんて持ってねーぜ」
悪びれもせずにそう言い、さっさと部屋を出ていくゼフェルに、アリオスは返す言葉もなかった。

          *         *         *

「寄せ集メカ天使」は、ふわふわと宙を漂い・時々ゲラゲラと笑いながら・白い粉をま き散らす・青と白に彩色された・気持ちの悪い天使だった……。

その次の日からまた、約束の地でゴロゴロしているアリオスをよく見かけるようになったとかならないとか…。
とにもかくにも、アリオスの初仕事はこうして幕を閉じたのだった。

【END】






はね様から開設祝いにとっても楽しいお話を頂きました♪続きもあるのかな?(笑)
はね様どうもありがとうございました。
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