幸福な贈り物 はな様 贈り物・・・それは、貰う側であれば、嬉しいものである。 ましてや愛する者からであれば、心浮き立ち幸福感に満たされる、素晴らしい魔法のアイテムとなる。 ―――それにしても、愛する者のために贈り物をするというのは、あんなにも 気力と体力を要するのだな。 その時のことを思い出しながら、闇の守護聖クラヴィスはほんのかすかな微笑みを浮かべた。 事の発端は、とある小さな惑星に視察に行ったときのことだった。 その地の時間で数十年前に起きた天災からの復興状況を最終確認するための視察は、日程を2日も残して終わってしまった。 迎えのシャトルを待つ間、暇を持て余したクラヴィスは、 「あの星に行ったら、彼女にお土産の一つも買ってあげるもんだよ☆」 と、出発間際にオリヴィエに言われた言葉を思い出し、たまにしか会えぬ恋人に何か買っていってやろうと、街に出ることにした。 その星は、小さな宝石などを使った女性向けのアクセサリー類の製造・加工が主な産業だった。 「フッ・・・、なるほどな。」 オリヴィエの言葉に納得しながら、クラヴィスは街の中心部に並ぶ店を一軒ずつ回っていく。 どの店にも、アンジェリークに似合いそうな可愛らしいアクセサリーがあるにはあるのだが、どれも今ひとつ物足りない。これは、と思うものがなかなか見つからないのだ。 何軒もの店で丁寧に商品を見ながら回るうち、何やら辺りが騒がしいことに気が付き、ふと顔を上げる。 その途端、 「きゃ〜ぁぁぁぁ♪」 「はぅぁぁぁぁ〜。」 などという、嬌声が聞こえてきた。 女性向けのアクセサリーの店といえども、恋人にプレゼントを買いに来る者や、他の惑星からの仕入れ客もあるため、男性客が珍しいわけではない。 だが、ラフな私服を着てはいても、あまりに目立つ長身、首の後ろで無造作に束ねた長い艶やかな黒髪、無表情で冷たくさえ見えるその整った容貌から、可愛い恋人のことを思い出しているのか、時おり漏れる優しく穏やかな微笑み、それらが周りの視線を集めない訳が無い。 クラヴィスは、半径数十メートル以内の全ての女性から憧れの、そして男性からは羨望の眼差しを一身に浴びていた。 ―――(たらっ!)・・・・・こ、これは・・・・・。止むを得ぬ。一息入れるとするか。・・・・・ だが、近くのカフェに入り、アイリッシュ・カフェを楽しもうとしたクラヴィスに安らぎの時は訪れなかった。 彼より少し遅れて店にやってきた女性達が陣取ったいくつものテーブルから、ひそひそ話す声と熱い視線が飛んでくる。 「素敵な人ね〜♪」(はぁと) 「恋人へのプレゼントを買うのかしら?う〜ん、羨ましいわ!!」 「奥様かもしれないわよ。いいわね〜、あんな素敵な人と結婚できるなんて。」 「きゃっ!こっちを見たわ。はぁぁぁ〜。」 ・・・・・etc.etc.・・・・・・ 一休みどころか、更に疲れてしまったクラヴィスは、早々にカフェから退散した。 しかし、アンジェリークに何かプレゼントしてやりたいという気持ちは、人々の視線を浴びる煩わしさから逃げたいと思う気持ちに勝っていたため、その後も、贈り物探しは粘り強く続けられた。 もう日も暮れようかという頃になり、クラヴィスは漸くある店で「それ」を見つけた。 街の外れに近いその店には、いかにも頑固者のおやじ然とした店主がいた。 作業服にエプロンを身に着け、店の一番奥にある台でこつこつと作業をしている。 どうやらこの店の商品は全部彼が作った物らしい。 クラヴィスが店に入ると店主は不機嫌そうな顔を上げ、老眼鏡のレンズの上からジロリと彼を見やり、フンと小さく鼻を鳴らすと、無言のまま手許に視線を戻し作業を再開した。 しかし、クラヴィスの後を追って女性達が店内に入ってくると、ますます不機嫌な顔になり、ギロッと睨みつけて、 「おめぇたち、買い物をする気がないんなら、とっととけぇんな!!」 と怒鳴りつけ、店から追い出してしまった。 「済まぬな。」 彼女達に辟易していたクラヴィスが思わず礼を言うと、 「別にあんたのために追い出したわけじゃねぇさ。買う気のない客なんざ、邪魔なだけだ。」 と答えたきり、もうクラヴィスを見向きもしなくなってしまった。 ―――これでゆっくり見られる。 クラヴィスはやっと訪れた静けさの中で、店内にあるアクセサリーをじっくりと見て回った。 この店には、いかつい店主からは想像できぬほど繊細で可愛らしい品が多く揃っていた。 その中からクラヴィスが選んだのは、3センチほどの2本の金の鎖の先に、それぞれピンク色と薄紫色の小さなハート型の石が下っているピアスだった。 「店主、これを貰おう。」 選んだ品を見ると店主は満足げな表情でニヤリと笑う。 「あんた、いいものを選びなすったね。この石を身に着けた女は・・・・いや、あんたには言う必要はねぇようだな。」 頭を振りながら言いかけた言葉を引っ込め、ピアスのケースを包装すると、頼みもしないのに手際よくピンクのリボンまで掛けてくれた。 クラヴィスは店主の心遣い(いささか余計なおせっかいではあったが)に礼を述べ代金を支払うと、店の外で待ち構えていた女性達を振り切るように、そそくさと宿に戻っていった。 別々の宇宙に暮らす二人が会えるのは、数ヶ月に一度のことである。 金の髪の女王が治める宇宙と、アンジェリークが治める宇宙では、時の流れが少し違っている。 二つの宇宙の日の曜日が重なった時にだけ、アルカディアでの逢瀬を楽しめるのだ。(そのスケジュールはレイチェルがきっちりと計算してくれる) さて、クラヴィスがかように苦労して、アンジェリークへの贈り物を手に入れた次のデートの日、二人は太陽の公園のカフェテリアで待ち合わせをしていた。 彼女よりも少し先に到着したクラヴィスは、スーツのポケットに入っている小さな箱を確かめながら、どうやって渡せばよいのか頭を悩ませていた。 いや、もっと頭を悩ませていたのは、無事渡せたところで、果たして彼女はこれを気に入ってくれるかどうか、ということであった。 ―――このようなときどうすればよいか、オスカーにでも聞いてくるのであったな・・・。 などと後悔してみても、もう遅かった。 「クラヴィス様、お待たせしてごめんなさい。」 アンジェリークは息を切らして駈けてくると、クラヴィスの向かいの席にストンと腰を下ろした。 アイリッシュ・カフェが少し冷めかけているのを見て、ちょっと申し訳なさそうな顔をする。 「そのように走らずとも、私はお前のことをちゃんと待っているから心配するな。」 「でも・・・少しでも長くクラヴィス様といたいから・・・。」 顔を赤らめながら答えるアンジェリーク。 ―――今だ! 「アン・・」 「お待たせいたしました〜♪ ご注文は何になさいますかぁ?」 (・・・ジェリーク、お前に渡すものがある・・・) クラヴィスが言いかけた言葉を掻き消すように、ハキハキとしたウェートレスの声が覆い被さってきた。 「えっと・・・、今日は・・・アップルティーにしようかな。」 「かしこまりましたぁ。」 「クラヴィス様は、お代わりしませんか?」 「いや、よい。」 タイミングをはずされて、少々拗ねてしまったクラヴィスはそっけなく答えた。 「じゃ、アップルティーを一つだけでいいです。」 「少々、お待ちくださ〜い♪」 ウェートレスが行ってしまうと、アンジェリークがニコニコと笑いながら 「クラヴィス様、先ほどおっしゃろうとしたことは何ですか?」 と話を戻してくれる。 「アンジェリーク、実は・・・」 気を取り直して切り出そうとした時、彼女が何気なく髪を掻きあげて耳に掛けた。 その瞬間、クラヴィスの目に映ったのは、彼女の耳を飾っている花の形のピアスだった。 ―――そう言えば彼女はよく花のアクセサリーをしていたな。 ハートより花の方が良かっただろうか? クラヴィスは急いで今までの彼女のアクセサリーを思い出してみる。 ―――確かハートのチョーカーとやらを身に着けていたこともあったはず・・・。 だが、他の時は・・・ 考えれば考えるほど、いつも花をあしらったものを身に着けていたような気がしてきた。 「クラヴィス様???」 何か言いかけて急に黙ってしまった恋人の顔を覗き込みながら、声を掛けるアンジェリーク。 「いや・・・、レイチェルは元気にしておるか?」 「はい、と〜っても元気ですよ。最近はたくさんの惑星で生物が誕生し始めているので、ますます張り切って調査しています。」 「そうか。それはよかった。」 ―――このようは話がしたい訳ではないものを・・・。 せっかく彼女のために買ってきたのだ。思い切って渡すとしよう。 クラヴィスは恋人の顔を正面から真っ直ぐに見詰めた。 「アン・・」 「アップルティー、お待たせいたしました〜♪」 (・・・ジェリーク、・・・・・・・) ―――フッ!・・・場所を変えた方がよさそうだな。 その後も何度か渡そうとするものの、なぜか間の悪いことが続き、せっかくの贈り物を渡せぬまま、お互いの宇宙に帰る時間になってしまった。 「クラヴィス様、今日もとっても楽しかったです。ありがとうございました。」 寂しさを見せまいと懸命に笑顔を作るアンジェリーク。 つかの間の逢瀬の最後はいつも切ない。 それでも笑顔を見せようとする健気な少女をぎゅっと抱き締めると、クラヴィスは片方の手でポケットから彼女への贈り物を取り出した。 「アンジェリーク・・・、先日視察に行った星で、お前に似合うと思って買ってきた。・・・・・気に入ってくれればよいが。」 腕を緩めて彼女から体を離し、ピンクのリボンの小箱を差し出した。 アンジェリークはちょっと驚いたような表情で受け取ると、リボンを解き箱を開ける。 ―――気に入ってもらえるだろうか???(どきどきどき) アンジェリークはそのピアスを見ると破顔一笑し、クラヴィスに抱きつく。 「ありがとうございます。クラヴィス様。私・・・嬉しいです。ありがとう・・・・・。」 最後は涙ぐんで言葉になっていなかったが、何度も何度も「嬉しい」「ありがとう」を繰り返している。 「お前の気に入るものでよかった。」 「もちろんです。とっても可愛い!このハート・・・その・・・クラヴィス様と私みたいで。・・・・いつも一緒にいるみたいで・・・・・。」 「そう・・・・だな。」 「それに、」 「それに?」 「クラヴィス様が視察に行った先でも、私のことを考えてくださっていたこと、これを探している時、クラヴィス様が私のことを想っていてくださったことが嬉しいんです。」 彼女のその言葉でクラヴィスの苦労は一気に報われ、心の底まで幸せな気分で満たされた。 「クラヴィスさま〜〜〜♪」 今日もまた、彼女は手を振りながら駈けてくる。 約束の地の大木が今回の待ち合わせ場所だ。 クラヴィスは立ち上がって彼女を迎えた。 「そのように走らずともよいのに。」 「でも・・・少しでも長くクラヴィス様といたいから・・・。」 顔を赤らめながら答えるアンジェリーク。そして、緊張した面持ちで小さな箱を差し出した。 「クラヴィス様、明日お誕生日ですね。おめでとうございます。あの・・・これ・・・・。」 クラヴィスは贈り物を貰った時に返すべきものを、もう知っている。 「ありがとう、アンジェリーク。感謝する。」 めったに見られぬとびっきりの笑顔を返すと、可愛い恋人を抱き締めて柔らかい唇に軽くキスをする。 真っ赤に染まった彼女の耳でハートの飾りが寄り添いながらキラリと光っていた。 店主が言いかけた言葉、それは・・・、 この石を身に着けた女性は、素晴らしい恋人に巡り逢い、生涯幸せに暮らす = 終 = -------------------------------------------------------------------------------- はなさまのサイトでクラヴィスさま生誕記念フリー配布の創作を頂いてきました。 コレットちゃんうーらーやーまーしーい!! クラ様があんまり甘くて、椅子からずり落ちそうになりますね(^^ゞ はなの温かい作風は、私には真似できないものなので、こういう作品を飾れるのは素直にうれしいですね。 はなさま、どうもありがとうございました。 |