それぞれの旅立ち


午後の授業が終わった。HRが終わると生徒達は三々五々散り始める。
帰宅するもの、部活や委員会に向かうもの、宿題のため図書室に向かうもの。
それぞれ、授業という苦痛から解放され、表情は晴れ晴れとしている。

そんな中、必死の形相で廊下を爆走する少年が一人。
すれ違う生徒が、思わず不審な顔になるほどに急いでどこかに向かっている。

ダダダダダダッ ガラッ バシュッ!!

「おい、あかねいるか?」
息も切らさず走ってきた少年が、叩きつけるように目的の教室の扉をがらりと引き開けて中をのぞきこむ。
中にいたのは男子二人。

「おい、イノリ、お前廊下走るなよ。ただでさえもお前目立つんだし。こっち帰ってきてから俺達、先生に目つけられてるんだからな。俺は巻き添えくってこれ以上留年するのはごめんだぜ」
「そうだよ、イノリ君。もう子供じゃないんだから、しっかりしてよね、『先輩』」
「わりーな、天真、詩紋。それよりあかねは?」

異世界『京』に『龍神の神子』として元宮あかねが、『八葉』として森村天真、流山詩紋が召喚されたのは2年前の春。
『京』では確かに数ヶ月の時を過ごしたはずなのに、こちらの世界で行方不明になっていたのは、わずか数日のことだったらしい。
数日とはいえ、入学したての生徒が行方不明になった事件はかなり大騒ぎになっていて、問題の古井戸付近はそれ以来厳重に立ち入り禁止区域になってしまった。

そしてこちらの世界に帰ってきたときにはとんでもない「おまけ」がついていた。
『京』を救うため龍神を召喚したあかねが、恋人と離れたくないと龍神に願った結果…イノリが今ここにいるのだ。

初めこそ戸惑ったイノリだったが、龍神は結構親切だったのかこちらの世界のある程度の知識をイノリに与えていた。
周囲にはイノリという人間はもともとこちらの世界に存在していたかのように細工してくれたらしい。どうしたものか、戸籍まで存在しているのだから。
以来、イノリは詩紋の遠縁として、あかねたちと同じ学校で高校生をやっている。
昨年は詩紋も同じ高校に入学して、現在『京』関係者4人がここに揃っているわけだ。

「あかね?あー…」
「あ、あかねちゃん、図書室に行くって言ってたよ。ちょっと調べ物があるからって。もう戻ってくるんじゃないかな」
「そうか、ありがとうな、詩紋。…って、なんでお前ここにいるんだ?」
「あかねちゃんに勉強教えてもらいに来たんだよ。そしたらあかねちゃんいなくなるって言うから、代わりに天真先輩に教えてもらってたんだ」
「…お前、いつもあかねに勉強教わってんのか?」

イノリのこめかみあたりが引きつる。
不穏な空気を察して、詩紋がびくっとした。
「い、いや、いつもって訳じゃなくて、あの、その…」
しどろもどろになっている詩紋。さすがに憐れになって天真が口をはさむ。
「いいじゃねえか、勉強してるんだし。それに…あ。」
そのとき、ちょうど教室の扉が開けられた。
入ってきたのは、元龍神の神子、あかねである。

「天真君どうかした? あ、イノリ君!」

本をかかえて図書室から戻ってきたあかねは、イノリの姿を目に止めて声をはずませる。
イノリはたちまち表情を崩して、それをこっそり確認した詩紋と天真がほっと息をつく。
そして顔を見合わせて、一瞬頷きあうとそそくさとその場から退却する。
このまま二人に当てられてはかなわない。

二人きりになった教室で、イノリは愛する少女からさりげなく重そうな本数冊を引き取る。

このままラブラブ路線まっしぐらかと思われたが、そこではたとイノリがここに来た本題を思い出した。

「そうだ、あかね!」

急に強くなった語調にびくっとするあかね。

「な、なに、イノリ君?そんな怖い顔して?」
「お前、進学やめたってほんとか?」
「誰からきいたの?」
「お前の女友達が噂してんの聞いた。ほんとなのか?」
「…うん」
「一緒に同じ大学行くんじゃなかったのか?」
「……ごめんね」
「どうして…やっぱり俺じゃだめなのか?」
「そうじゃない、そうじゃないの」
「じゃあ、何で!!」
「…イノリ君が言ったんじゃない」
「はあ?何を?」
「覚えてないの?」
「何をだよ?」
「…やっぱり覚えてないんだ」

不安と期待が入り混じった不思議な表情を浮かべて。

「だから何だよ?俺、なんか言ったのか?」
「料理」
「へ?」
「料理作ってくれって。イノリ君言ったよね」
「あ、ああ、そういえば」

イノリは、数日前自分が言った台詞を思い出す。
家族が出かけてしまい、家に誰もいない自分のため夕飯を作りにきてくれたあかねに向かって、言ったのだ。
『これ、うまいな。これからも俺にこうやって料理つくってくれよな』


・・・え?


「だから。私、決めたの。私、イノリ君のためにもっともっと家事も覚える。がんばるから!だから…だから…」

真っ赤になって口ごもってしまったあかね。そんなあかねの口を人差し指でしっと塞いで。
「俺は、まだまだ子供で、頼りないかもしんね―けど、だけどおまえのことだけは絶対守るから。だからこれからも俺のために料理を作ってほしいんだ。…つまり…その…いつか俺と結婚してほしいんだけど…だめか?」

「ぷっ…ふふっ、ふふふ」
「お、おい何で笑うんだよ?!俺は真剣なんだぞ!」
「うん、わかってる。うれしいの。…あんまりうれしくて、つい。…イノリ君、大好きだよ。ずっと一緒にいようね」
「あかね」


ふたりの影が、放課後の教室に長く伸びる。


「帰るか」
「うん。手、つないで、ね」



仲良く手をつないで帰ろう。ゆっくりと今という時間を確かめるように。

ここが、ふたりそれぞれの旅立ちのはじまり。 (fin)






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あとがき。
712キリ番のちせ様に捧ぐイノリ君&あかねちゃんです。
リクは「現代版EDのその後、現代に来たイノリくんとあかねちゃんの今どきハイスクールライフ」(笑)
ということでしたが、全然「今どき」ハイスクールライフっぽくない気がするんですけど^^;
てっきりアンジェのリクをもらうと思っていたので(踏んだ数字も運命だったし(笑))、
このお題を頂いたときは正直びっくりしました。
葉月には、遙かは現代のほうが難しいです(苦笑)
いかがでしたでしょうか?
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