天(そら)が泣いたその後に 鳴神は母様を連れて行ってしまった…。 だからこんな雨は嫌いです。 雲の上で雷神が荒れ狂う。 空は光と音の洪水が起きている。 地上には強烈な雨が降り注ぐ夕方。 「きゃっ!!」 「ふっ、藤姫様、わたっ、わたくし達、まだ仕事がっ(きゃっ)ございますのでっ、御前失礼させて頂きます!!」 几帳にしがみついて雷鳴におびえている主をおいて、自分達の局に逃げ帰る女房達。 確かに主を差し置いてどうどうと雷が怖いとも言えない以上、賢い選択と言えるのだが。 神子様がいらしてくださったら。 そうしたらきっと鳴神も怖くないのに。 格子が下ろされて薄暗い部屋の中に一人取り残されたとしても。 同じ空の下に、神子様がいらしてくださったら。 そうしたら。 部屋に人影が近づく。 「おや、やはりどなたもいらっしゃらないようですね」 「どなたですのっ!?」 「おやおや、そのようにおびえていらっしゃるのに、気丈なのですね。さすがは藤姫さまですね」 「…鷹通殿ですの?なぜこちらへ?…もう神子様はいらっしゃらないのに」 「神子殿がおいででなければこちらにうかがってはなりませんか?」 「そんなことはありませんけれど…きゃあっ!」 言葉の途中でひときわ大きく雷鳴が轟く。藤姫はつい身近にいた鷹通にしがみついてしまう。 次の瞬間真っ赤になり、慌てて離れて顔を伏せる。 「ま、まあ申し訳ございません!!わたくし、つい」 「よろしいのですよ。噂どおりですね」 「何のことですの?」 「実は、友雅殿から頼まれてこちらに参ったのです。藤姫は鳴神を恐れていらっしゃるようだから、自分の代わりに様子を見てきてもらえまいかと。友雅殿はどうしても外せない用事があるそうなのですよ」 思わず顔をあげてしまった。 自分よりも大切な用事。その言葉に藤姫の胸はきゅっと苦しくなる。 きっとどこかの女人に捕まっているのだろう。こんな日だから。いや、こんな日なのに、友雅は自分の所には来てくれない。 人を遣わせるくらいなら一人の方がまし。あなたがいないなら。 そんな想いが一瞬のうちに瞳を過ぎり駆け抜けてゆく。 「そんな顔をなさらないでください。友雅殿は仕事ですよ。主上直々のご指名なのでさすがのあの方も断りきれなかったそうですよ。本当は何を差し置いてもこちらに伺いたかったのでしょうけどね。」 ふっと藤姫の力が抜ける。知らず知らずのうちに表情までこわばっていたらしい。 そんな様子を見て鷹通が苦笑する。 「あなたは本当に大人びておられる。だから…つい間違えてしまいそうになるのですよ。あの方はもういらっしゃらないのに」 あなた方は、本当の姉妹のようだったから。きっとそういうところも似ていらっしゃるのですね。 そう言う鷹通の瞳は、目の前の藤姫にある姿を重ねている。 遙かな時空の先に還って行ってしまった龍神の神子。 誰もが予想しなかった二人の別離。お互いに家族を捨てられなかったのだと、藤姫は聞いている。 いつもは優しく暖かいその眼差しに、一筋の苦悩の翳りが見えて、藤姫はつい自分の恐怖も忘れて言葉を探した。 「神子様はお戻りになりますわ」 「…そうですね。私が慰められているようでは仕方ありませんね。友雅殿に叱られてしまう」 「鷹通どの」 「いつか戻って下さると約束しましたから。私は待ちます」 その表情に先ほどまでの翳りは消え。代わりに現われたのは強い意思の光。鷹通の瞳に本来の強い輝きが戻る。 「雨がやんだようですね」 「え?」 「先ほどより雨音がしなくなっています。御格子をあげてみましょうか。雨上がりの天(そら)は清清しいものですから」 そういうと立ち上がり、手を打ち鳴らして人を呼ぶ。 わらわらと下がっていた藤姫付き女房達があらわれ、鷹通に指示されたとおり格子をあげてゆく。 御簾が巻き上げられ、外が見えるようになると、女房達がいっせいにざわめいた。 「まあ、これは!」 「どうしたのです?」 「藤姫様、あれをご覧ください」 「なんですの?」 「こちらへいらせられませ。素晴らしいものがみられますわ」 「でも、そんな端近に降りては…鷹通殿もいらっしゃいますのに」 「私ならばお気になさらずとも結構ですよ。それよりもこれは是非ともご覧頂きたいですね」 「けれど…」 「大丈夫ですよ」 人前で縁近くまで降りるなど恥じらいは有ったが、そういえば神子さまはこういったことは全く気になさらなかったのだわ、と思い返す。 好奇心に負けて、女房たちの近くまでいざりよると。 「まあ!!」 感嘆の声しかあげることができなかった。 藤姫の目の前に広がるのは、大空に二重にかかる虹の橋。 いつのまにか藤姫のすぐ側までやってきていた鷹通が藤姫の耳元で囁く。 「私よりもあなたとこの虹を一緒に見るのにふさわしい方がいらしたようですよ。この虹もそれほど長くは持たないでしょうから、さすがに要領のいい方ですね。これほど都合よく登場なさるとは。虹は龍神の化身とも言われます。星の姫であるあなたには瑞兆ですね。…では、私はこれにて失礼いたします」 「鷹通殿!」 女房を先導に渡殿を渡ってくる人物の姿を認めて、鷹通と藤姫付きの女房達がくすくす笑いながら下がってゆく。 「おや、どうしたんだい?楽しそうな声が聞こえたが?」 雨は嫌いです。 でも、雨上がりの虹は好きになりました。 (了) −−−−−−ー−−−−−−−−− あとがき。 これの一体どこがお誕生日創作なのでしょうか(汗) 今回は友×藤、鷹×あか(鷹×藤ともいう…)なので、これ書いてる間中、ずっと萌えてて楽しかったです。 ご存知の通り、これは私の遙か1での基本路線です(笑) おかげで書き上げるの早いこと早いこと。 久々に古語辞典片手に遙かの世界に浸ってた私は、どっからどう見ても怪しい人だったことはまちがいありません。 作中では明言しませんでしたが、あかねちゃん帰ってからそれほど時間経ってません。 だから夏になるのか。気分的には初夏なんですが、実際には夏真っ盛りでしょうね。 天真君、詩紋くん、蘭ちゃんも一緒に帰ったと思われます。 ちょっと残念だったのが、虹に関する歌をいれられなかったことですね。 引歌(物語とか、有名な和歌集から元ネタを借りてきて歌を作ったり、そのまま暗誦すること)にしようと思って、古今だの、源氏だの、万葉だのざっと探したんですが、虹って題材自体がマイナーなのか発見できませんでした。 (書き終わって、別に元ネタにするなら「虹」そのものじゃなくてもいいことに気付いた。。。まあいいや) 文中の虹が龍の化身っていうのは、中国の伝説で虹(蛇の化身)が龍の使いであるというのを聞いたことがある、私の創作です^^; このへん記憶が曖昧なのがばれてます。 お気に入りの作品となりましたので、皆様にも気に入っていただけたら嬉しいです。 |