再会

木陰にたたずむ青年が歌を口ずさむ。

「わが恋は滝に舞ひ散る葉となりし 君ぞいつ知る果てなき想ひを」

風が青年の長い髪をさらってゆく。

季節は秋となった。
龍神の神子あかねと天真、詩紋、それに鬼に操られていた天真の妹、蘭が現代へ帰ってしまって数ヶ月。もう青年が八葉として神子の下に集うことはない。

そんな青年に声をかける人物が一人。
「君ぞ知るわが心模すもみぢ葉よ 滝の流れにはかなくも散れ」
「泰明殿。泰明殿が歌を詠まれるとはお珍しい」
「返歌…聞いていたのか」

青年−陰陽師安倍泰明の背後から現われたのは、治部少丞藤原鷹通である。

「失礼しました。木陰に人影を感じたもので、確かめようと近づいたのです。そうしたら…つい聞こえてしまいました」
「まあよい。仕方なかろう。私も不用意だった」
「神子殿のことを考えておられたのですか」
「………。」
「神子殿が別世界に帰られて、早や幾月か。泰明殿もお寂しいでしょう」
「寂しい?寂しいとはどういうことだ?」
鷹通はやわらかく微笑む。
「今、泰明殿が感じていらっしゃる想いの事ですよ。泰明殿は本当に神子殿のことが大切だったのですね。もちろん、私にとっても神子殿は大切なお方でした。しかし、泰明殿が抱えていらした思いは、私のものとは少々異なるようです」
「神子は、必ず戻ってくると私に約束した。私には待つより他にすべがない」
「そう、ですね」
そういって、鷹通は京の空を仰ぎ見る。
「あの空の向こうに神子殿がいらっしゃる。そう思うと私はなんだか元気が出てくるような気がするのですよ」
「そうだな」
泰明も同じように空を見上げた。

雲が風に流れるのを見ていると、数ヶ月前まで共に京を守るため戦っていた、竜神の神子の顔と声が浮かんでくる。

(泰明さん!)
(泰明さん、私、一旦現代に帰りますけど、絶対戻ってきますから。だって、私…泰明さんのことが大好きだから…)
(待っててください、私、戻ってきます!)

「ところで、藤姫が泰明殿に用事があるそうですよ。なんでも八葉全員に知らせがあるとか。先ほど頼久が伝えに参りました。今はイノリを呼びに行っているはずです。私はこれから参内して、友雅殿と永泉様をお呼びして参りますので、泰明殿は先に土御門邸に向かって下さい」
「そうか。わかった」
「よろしくおねがいします。では後ほど」

鷹通が去っていくのを確認して、泰明も土御門邸に向かって歩き出した。

土御門邸。泰明は藤姫の部屋を目指していた。
その途中。
「泰明さん!!」
「…とうとう幻聴が聞こえるようになったか。私も落ちぶれたものだ」
「違います、幻聴じゃないです!私、帰ってきました!!」
「神子、か?」
「はい。だって、泰明さんと約束しましたよね、戻ってくるって。だから私、帰ってきました。心配かけてすみませんでした」
「神子・・・」
恐る恐る振り向く。
そこに立っていたのはまぎれもなく数ヶ月前神泉苑で別れたままの神子。

「藤姫の知らせとは、このことか?」
「はい、たぶん。でも、私、どうしても泰明さんに先に会いたくて。あ、やだな、涙でてきちゃった。どうしよう」
「なぜ泣く?お前はすぐに泣くのだな」
「うれしいからです。ずっと、寂しかったから、逢えて安心して涙出ちゃいました」
「神子も…寂しかったのか?」
「とっても寂しかったです。泰明さん…も?」
「そうだな。おそらく、そうなのだろう」
泰明はそっと手を伸ばし、あかねの涙をぬぐう。
「泣くな。逢いたかったぞ、神子」
「泰明さん…」
あかねは、泰明にしがみつくように抱きついた。
そんなあかねの背にそっと腕を回す泰明。

「我が想ひ 果て無きものと 君や知る 寄するもみぢ葉 帰りきたらむ」

そっとつぶやく。
「それは、何の歌ですか」
「いや…問題ない」
いぶかしげな顔をする神子に、やさしく微笑みかける泰明。

再会の二人に、言葉は要らない・・・。(完)


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