桜舞う午後に 〜5年後の桜


それは一瞬の逢瀬。
花霞をつかもうとするかのごとく、それは時の彼方に消えていった。

夜桜も名高い土御門の御殿。今宵は花見の宴が開かれている。
当代一のプレイボーイと名高い左近衛府少将の周りには、女性の影が絶えない。
例にもれず今日も女房たちが入れ替わり立ち代わりやってきていた。

「いやですわ、少将さまったら、ホホホ」
「いやとは、なんだね?私が気に入らないかい?」

友雅の軽口に周りの女房たちが笑いさざめく。

「少将殿!」
「おや、姫君にはごきげんうるわしゅう。やっとおでましになられたね」

現れたのは、一人の美少女。しかし、御簾の内に座り込むと、それ以上一言も口を開かない。

「藤姫?」

呼びかけてはみたものの、そっぽを向かれてしまう。

「やれやれ。みんな、申し訳ないがしばらく二人きりにしてくれるかな?」

さわさわ。
友雅の声をきっかけに、部屋にあふれかえるほどの女房たちがいっせいに下がっていった。人の気配が完全になくなるのを確認して、友雅はなれた手つきで御簾の内に滑り込む。
「姫?怒っていらっしゃるのか?」
相変わらず顔を見せない藤姫に、痺れを切らした友雅は後ろからそっと抱きしめる。
そこで初めて友雅は、異変に気づいた。

(泣いている?)

「なぜ泣かれる?先ほどのことなら悪かった。あれも社交辞令だし、いつものことではないか?」

無言でかぶりを振る藤姫。

「違うのです。そうではないの」
「ならばどうされた?どうせならば、私の腕の中で泣いてはくれまいか?」

耳元でささやかれる恋人の甘いささやきに、堪えきれなくなった藤姫は友雅の胸にしがみついた。

「わ、わたしはどうしてこんなに子供なのでしょう?あなたに見合うくらい大人ならよかった。そうしたら、こんなにあなたに苦しい思いをさせなくてすむのに」

幼い藤姫にもわかっていた。さっきまでのプレイボーイぶりは、自分という恋人を隠すためのカモフラージュ。望めば入内も可能な左大臣家の姫であり、正当な星の一族の末裔。そんな自分の世間体が傷つかないよう、友雅は自分を犠牲にしてかばってくれている。
物心ついたころから、この人はこうやって自分を翼の中に抱きかかえるようにして守ってきてくれたのだと思うと涙が止まらないのだった。

「まだ、そんなことを悩んでいたのか?まあ、そんな君だから好きになったのだが」
「友雅殿」
「さあ、泣くのはお止め。せっかく会いにきたのだから、笑顔を見せてほしい。それとも、私では役不足かい?」
「そんなことありません!!」
「じゃあ、目を閉じて。元気になる魔法をかけてあげるよ」

閉じられた両の瞳に、ついばむようなKISS。
そして、どちらからともなく二人の唇が重なる。

ふと友雅は気配を感じて振り向いた。
外は満開の桜が風に散っている花霞。
その中によく見知った顔を見たような気がしたのだ。

(あれは…そうか)

「どうしましたの?」
「いや。素敵なものを見つけたのですよ」
「なんでしょう?」
「…いつかおわかりになる」
「今教えてはもらえませんの?」
「ええ。楽しみは取っておいた方がいいでしょう?」
「子供扱いなさらないでください」
「子供?とんでもない。こんなすばらしい女性がほかにいるものか」

友雅は言わない。今見たのが、数年後の藤姫の姿だったことを。
今より格段に美しく成長した姿を見て、自分の選択が正しかったことを確信したとは。

「さて、今宵は何をして遊びましょうか、姫君?」
「友雅殿!!」

恋人たちの夜は更けて行く。(了)


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