桜舞う午後に 〜藤姫編 ふわり。 昼下がり。 春の風が几帳を揺らす。 桜吹雪の舞う庭先を眺めながら、少女は考える。 わたくしは神子様がうらやましいのかしら? だって、あの方はわたくしにはあんな笑顔は向けてくださったことがないわ。 いつも、からかうようなことばっかりおっしゃるのだもの。 わたくしにはあんな、眩しそうな笑顔は向けてくださらない。 いつだって子ども扱いして。確かに神子様はわたくしよりは年上ですけど、 わたくしだって、もう大人ですわ。母上が亡くなられたとき、 わたくしは決めたのですもの、大人になるって。 ひらり。 春の風が桜の花ひとひらを部屋に運び込む。 えっ?(ドキッ) なぜわたくしは、あの方のことなんて考えているんですの? わ、わたくしはあの方なんてぜんぜん好きじゃないはずですわ?! …確かにあの方は、美形で、優雅で、有能で非の打ち所のない方といわれていますわ。 欠点があるとすれば、女好きですぐに恋人を変えてしまうところだけとか。 でも、そんなことわたくしには関係ないはず、なのに。 なぜ、こんなに胸の奥が痛いの? 少女はまどろみに包まれる。 ぱたぱた。 日が傾いてきたころ、渡殿の方が騒がしくなった。 そして少女の部屋には何時の間にか二人の人物が現れている。 「そんなに思いつめた顔をして。誰のことを考えていたのかな?」 「えっ!?」 不意打ちのように声をかけられ、慌てふためく少女。 「ただいまぁ、藤姫。ちゃーんとお札取ってきたよ。友雅さん、とっても頼りになるんだ♪」 「神子様、友雅殿。お帰りだったのですね。ご無事でなによりでしたわ」 「あれ、藤姫、なんか顔赤いよ?熱でもあるの?」 「おや、それはいけないな。だれか、姫の寝所の用意を」 「はい、ただいま」 数人の女房が寝所をあつらえ始めたのを横目で確認したところで、 有能で女好きといわれる左近少将はおもむろに少女を抱きかかえた。 「お、お待ちください少将どの。私は大丈夫ですから!」 「藤姫、無理しない方がいいって。私も今晩は遠慮させてもらうから。ゆっくり休んでね。じゃあ。」 言い残して、足音は遠ざかっていく。 「み、神子様!!」 「神子殿の言うとおりだよ。無理しない方がいい。さあ、参ろうか、姫君。」 「友雅殿!!」 でも・・・こうされているのは嫌いじゃない。わたくしだけが大切にされていると錯覚できるから。今この一瞬だけでも・・・。 少女はおもわずそっと目を閉じる。 「藤姫?…眠ってしまわれたか」 腕の中で眠る少女を、少将はいとおしそうな瞳で見つめる。 「早く…早く大きくおなり、私の紫の上。愛しているよ藤姫」 やわらかな少女の頬にそっとくちづける。 (これは、夢なんだわ。だって、幸せすぎるもの。) 「夢にしたいのか?私はここにいるのに」 (だって、あの方は、神子様がお好きなのだもの。わたくしにこんなにやさしくしてくださるわけがないわ。) 「神子殿は私が八葉として守るべきお方だ。しかし好きというのとはちょっと違うな」 「ええ?」 ぱちり。 間近に少将の顔を見て、少女は驚いた。 「おめざめかな?熱があるのだから、まだ眠っていた方がいい」 「あ、あの、わたくし、今変なこと申しませんでした?!」 「変なこと?いや。姫君のうれしいお言葉なら聞きましたがね」 不敵な笑みを浮かべて答える少将。 「ともまさどの!!」 ふわり。 春の風が御簾をまき上げる。 そこには一組の幸せそうな、ほほえましい未来の恋人たちの姿があった。(完) |