桜舞う午後に ふわり。 昼下がり。 春の風が、樹下にいる二人に桜花を運ぶ。 「うわー!桜吹雪だぁ!見てください、友雅さん。とってもきれいですよ!」 「ああ、そうだな。『久方のひかりのどけき春の日にしづこころなく花の散るらむ』 といった風情か」 「あ、その和歌知ってます!百人一首ですね?学校で習いました!」 「ひゃくにん…とやらはよく知らぬが、これは古今集の春の歌だ。神子殿もこの歌をご存知とはな」 「こきんしゅう?」 「貴族のたしなみのようなものだよ。古今和歌集という。神子殿は和歌は好きかい?」 「うーん、よく知らないけど、さっきのは好きです。だってとってもきれいだもの」 「そうか。だったら藤姫におそわるといい。いろいろ教えてくれるよ」 「はい!!」 無邪気に喜ぶ守るべき少女を見つめながら、友雅は今ごろやきもきしているであろう、もう一人の少女のことを考えはじめていた。 (私はあの姫のことをどう思っているのか…?) 「友雅さん!?」 ふと気づけば、龍神の神子が顔を覗き込んでいる。 「どうしたんですか?ぼーっとしちゃって。友雅さんらしくないですよ?」 「ああ、いや、なんでもない。そろそろ館にもどるか」 「はい。お札も手に入れたし、きっと藤姫、よろこんでくれるね」 「そうだな」 (この気持ちを悟られてはなるまい) ぱたぱた。 日暮れ近く。神子の足音が渡殿にこだまする。 「ただいまぁ、藤姫。ちゃーんとお札取ってきたよ。友雅さん、とっても頼りになるんだ♪」 「神子様、友雅殿。お帰りだったのですね。ご無事でなによりでしたわ」 「あれ、藤姫、なんか顔赤いよ?熱でもあるの?」 「おや、それはいけないな。だれか、姫の寝所の用意を」 「はい、ただいま」 数人の女房が寝所をあつらえ始めたのを横目で確認したところで、友雅はおもむろに藤姫を抱きかかえた。 「お、お待ちください少将どの。私は大丈夫ですから!」 「藤姫、無理しない方がいいって。私も今晩は遠慮させてもらうから。ゆっくり休んでね。じゃあ。」 言い残して、足音は遠ざかっていく。 「み、神子様!!」 「神子殿の言うとおりだよ。無理しない方がいい。さあ、参ろうか、姫君。」 「友雅殿!!」 (また怒らせてしまったか。どうしてすぐからかいたくなってしまうのものか。…おや?) 「藤姫?…眠ってしまわれたか」 藤姫は何時の間にか眠ってしまったらしい。神子が帰ってきて安心して気が抜けたのであろうか。 腕の中で眠る少女を、友雅はいとおしそうな瞳で見つめる。 (なんと愛らしい…) 「早く…早く大きくおなり、私の紫の上。愛しているよ藤姫」 やわらかな少女の頬にそっとくちづける。 「これは、夢なんだわ。だって、幸せすぎるもの」 夢うつつのなか、つぶやいた藤姫に、友雅は驚いた。 (まさか!しかし、ならば賭けてみるまで) 「夢にしたいのか?私はここにいるのに」 「だって、あの方は、神子様がお好きなのだもの。わたくしにこんなにやさしくしてくださるわけがないわ」 (やはりそうなのか?なんとしたことだ。私としたことが今まで気づかぬとは) 「神子殿は私が八葉として守るべきお方だ。しかし好きというのとはちょっと違うな」 「ええ?」 ぱちり。 間近に友雅の顔を見て、藤姫は驚いた。 「おめざめかな?熱があるのだから、まだ眠っていた方がいい」 「あ、あの、わたくし、今変なこと申しませんでした?!」 「変なこと?いや。姫君のうれしいお言葉なら聞きましたがね」 内心の動揺を隠すべく不敵な笑みを浮かべて答える友雅。 「ともまさどの!!」 (やれやれ、私は厄介な相手を選んでしまったものだな。『しづ心なく』か。まったくだこの姫の前では私は落ち着いてなどいられないのだから) ふわり。 春の風が御簾をまき上げる。 そこには一組の幸せそうな、ほほえましい未来の恋人たちの姿があった。(完) |