Romantic Snow


「雪…」

窓の外を眺めるともなく眺めていたアンジェリークは、声に出してぽつりと呟いた。

聖地の天候はサクリアと研究院の力で完全に制御されている。
万年常春・年中晴れというのは、幸せなようで、不幸せでもあり。


「雪、みたいなぁ…」
窓枠に頬杖をついていた腕を組み変えて、突っ伏してしまう。

例えば寒い雪の中、大好きな人に寄り添って暖かい幸せ気分を味わうなんて、ここではかなり難しい注文である。

繋いだ手から伝わる温もりとか、相合傘とか(あわよくば彼氏のコートに入れてもらおうとか)そういう、乙女の憧れもここでは考えるだけ不毛である。

「陛下、失礼しますわね。この書類の件なのですが……どうしたの、アンジェリーク?」

ノックと同時に部屋に入ってきたロザリア(過去に散々居留守を使われた彼女は、今では勝手知ったるというものである)が、振り返りもしないアンジェリークに怪訝そうな声をかける。

「あー、ロザリア」
「『あー』じゃないでしょ。一体どうしたの?」
「ん、なんでもない」
「何でもない訳ないじゃない。…具合でも悪いの?このところ、忙しかったし、疲れて体調崩したのかしら、ああ、大変だわ、侍医を呼ばなくちゃ、誰か!」
「ちょ、ちょっとロザリア、ほんとに違うってば!」

すわ女王陛下の一大事とばかりに一人で騒ぎだしたロザリアの腕を、慌てて抑えるアンジェリーク。

「ちょっと、感傷に浸りたい気分だっただけなの。…たまにはそういうこともあるでしょ」

そう聞いて、一応ロザリアも納得する。

「まあ、そうね。でも、ほんとにどうしたの?あんたらしくもない」
「ひどーい。私だってお仕事以外のこと考えることだってあるもん。あのね、ロザリア、雪、みたくない?」
「雪?」
「そう、雪。聖地に来てから随分長いこと雪見てないでしょ」
「そりゃ、まあ、聖地に雪は降りませんけど」
「でも、見たくない?だって、凍えそうな雪の中、大好きな彼氏と二人で寄り添って歩く!これぞ全宇宙の乙女の夢!!ロマンチックよねーー」
「…確かに」

有能キャリアウーマンとして、全宇宙の尊敬と羨望・崇拝を一身に受けるロザリアとはいえ、そこはまだ17歳の少女でもあるわけで。
彼女もまた「雪の中のロマンチック」に憧れる乙女であった。


「じゃ、決まりっ!ね、ロザリア、協力してくれるでしょ?」

なんだかちょっぴりはめられたような気がしないでもなかったが、アンジェリークの提案した「雪の中のロマンチック」の誘惑には勝てなかった。
結局、ロザリアはその場で研究院に連絡を取ることになる………。









「…確かに、陛下のお力があれば不可能ではありません。気温さえ調節できれば、研究院でも可能です。…ですが、なぜ?」
「できるのね?」
「ええ、まあ…」

普段YESかNOかの二進数で物事を判断するエルンストにしては珍しく、歯切れが悪い。
それもそのはず、絶対に他の者に気付かれることなく至急聖殿に来るように、との極秘命令を受けたエルンストは、いきなり雪を降らせたいとの言葉にかなり戸惑っていた。
常日頃、天候を一定の状態に保つのが研究院の重要な仕事の一つでもあるわけだから、これは当然と言えよう。

「じゃあ。決まりvv よろしくね、エルンスト♪」
ハートマーク付きで言い切られてしまっては、反論できるはずもなく。
(陛下には何か深いお考えがあるに違いない)と、有能な主任は自分を納得させるのであった。

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