いつでも聴こえる 定期試験採点期間、つまりテスト休暇といえば、生徒達にとっては久々の至福の時間となる休暇である。 部活が忙しい生徒くらいしか登校しないこの時期、音楽科校舎は普通科校舎に比べて閑散とする。 そもそも星奏学院音楽科の生徒は、常に自分の専攻楽器の練習に忙しく、部活に入っている生徒自体が少ない。 加えて自宅に練習環境を持つ生徒も多く、わざわざ授業も無いのに学校に練習しにくる生徒はごくわずかだ。 そんな中でヴァイオリンの音色が聞こえてくるのは、はっきり言ってとても珍しいことと言える。 休み中の優雅な時間を彩るようなその音色に耳を傾けたり、音の出所が分からず首を傾げる生徒もいない訳ではなかったが、わざわざ休暇中に登校している用事がある位だから一瞬立ち止まっても、またすぐに歩き出してしまう。 まあ実のところ、音の出所である音楽準備室の中では音色の優雅さとはかけはなれたバトルが繰り広げられていたわけであるが。 「三小節目はボーイングUPから。その次の二拍目1/3音ずれてる、低いぞ。ほら手を休めるな、全部聞こえてる」 振り向きもせず矢継ぎ早に注意をまくしたてられた女生徒は、ちょっぴりむっとして弓を下ろしてしまう。 一生懸命弾いてるのにちょっとそれはないのではないか。 そりゃあ忙しいのは分かってるから邪魔しているみたいで悪いとは思うけど、せめて注意くらい振り返ってくれてもいいのじゃないだろうか。 机に向かっている背中に抗議する。 「先生、おーぼー!見てないくせに」 「そりゃそうだ。教師とは須らく横暴に出来てるもんだ・・・お、これは惜しいがなぁ」 目の前の教師は相変わらずペーパーテストの採点を続けており、顔をあげる様子はない。 文句を言われた側の教師、金澤にしてみれば、久々に真面目な教師らしく仕事をしてるのに苦情を言われる筋合いでもない。 じっと机の上の紙面を睨み、やはり振り返ることのないまま香穂子に答える。 「俺はこれでも音楽教師なんだぞ。生徒の音くらい聴き分けて当然」 「でも何か悔しい」 「当たり前だって。大人に勝とうなんざ後10年早い。教師になら20年な」 「だって先生、前はヴァイオリンは専門じゃないからって言ってた」 金澤はこの言葉でやっと顔を上げ、香穂子を振り返る。 ため息ひとつ。 「あのな、日野。お前さん、俺を何だと思ってるんだ?」 「不良教師」 即答。 あ、今のはちょっと傷ついたかもしれない、と金澤は思う。 確かに世間様からはそう思われても仕方ないかもしれないが。 年下の彼女の可愛らしい反撃、思いも寄らないカウンターパンチをくらって年甲斐もなく動揺してしまう。 「うーん、そうかもしれんが…少なくとも俺はお前さんの音はどこにいてもわかるぞ?俺が、お前の音を聴き分けられないはずがないだろう、香穂子」 お互い一瞬赤くなって目をそらす。 (こんなことで動揺しているようじゃまだまだ修行が足りないな、俺は) でも、ご機嫌取りには成功のよう。 「先生…紘」 「おっと、これ以上は今は言えないからな」 呼びかけた名前は遮って。 たった今『生徒』を名前で呼んだ自分はどうなのかと恨みがましい視線で見られたが、気づかない振りで無視することにする。 自分はずるい『大人』なのだ。 この位の特権はもらわないと、普段のリスクが大きすぎる。 「とりあえずこれ終わらしちまわないとな。…まあ、何だ、その…このまま作業しながらでよければまだ練習付き合ってやるぞ」 これ見よがしに答案を持ち上げておどけてみせる。 ”ついで”に採点されるのでは他の生徒はたまったものではないだろうが、この程度なら教頭にバレなければいいのだ。 「うん!」 にっこり笑って楽器を構える姿を確認して、また机に向かう。 彼女の音はいつどこでも自分に真っ直ぐ自分に向かってくるから、振り向く必要もない。 ただ、そういうこと。 (言うなれば、毎日全校生徒の前で告白されてるようなもんだもんな) 「これ以上の羞恥プレイはないよな」 「なに?何か言った?」 「いや、何も」 胸のうちでこっそり呟いたはずの言葉はつい声になっていたようで、弓を止めた香穂子には続けるよう促しながら危ない、と自戒する。 「これ終わったら帰るぞ。送ってやる」 「うん!!」(fin) -------------------------- コルダアニメ化記念。 随分間があきましたが第五弾は先生。 ラッパ吹きさんじゃなくてすみません(笑) (つか火原、私には非常に書きづらい人です。いい人過ぎて(笑)) 初出はWEB拍手お礼でした。 メニューに載せた日付は拍手お礼だった時期(と推定される時期^^;)。 ここに掲載するにあたり、若干表現は直していますが大体そのままです。 男性全キャラ制覇まであと二人、しかし残りの二人が難関なのであった。。 その前に女性キャラに逃げそうな自分がいます。えへ。 |