ありがとうの言葉を


魔法のヴァイオリンが壊れた夜。

私は自分の部屋に籠もって、ただ見つめていた。
リリにもらった金色の弦と新しいヴァイオリンケースを。

まだ、新しいケースを開けることはできない。
その勇気が出ない。

だからただ、じっと。
涙ももう尽きてしまったから。


(先輩?僕、先輩の音とか、解釈とか、大好きです)

私の演奏を聞いて、そういってくれた彼。

(先輩の音です。僕は理想の音を見つけました)


そういって、にっこりと天使のように微笑んでくれた彼。


「もう、弾けないね・・・」


まだ未熟な技術しかない私には、ほんの少しでもうまくできたときが嬉しくて。
そんな時に一緒に彼が喜んでくれるのがもっと嬉しくて、もっともっと練習しようと思った。
本当の自分の技量じゃないことに少し胸が痛んだけれど。
だけど、確かな技術をもつ彼に少しでも近づきたくて、必死に練習した。

そのことが君の寿命を縮めることになるなんて知らなかったの。

「君には本当に感謝しているの」

左手の中の金色の弦に向かってささやく。

だけど、もう、弾けない。
あの魔法のヴァイオリンがあったから彼が喜ぶ演奏が出来たなんて、そんなことは私が一番良く知っている。

尽きたと思っていた涙が、もう一度あふれてきたその時、電話が鳴った。

こんな時にはあまり出たくない。
居留守を使うつもりで、念のため発信者を確かめる。


『志水桂一』

信じられない名前がそこにはあった。
あまりのタイミングの良さに、しばし呆然としてしまったけど、着信メロディは流れ続けている。
慌てて涙をぬぐい、深呼吸して少し声を整えてからゆっくりと着信ボタンを押す。

「はい」
「夜分恐れ入ります。志水と申しますが、かほ・・・日野先輩いらっしゃいますか?」

電話に慣れてないと言っていた、志水くんらしい。

「志水くん・・・どうして?」
「あの、先輩、大丈夫ですか?」

志水くんは、ときどきエスパーのような勘の鋭さを発揮する。
電話越しなのに泣いていたのを見透かされた気がして。
心配させたくないから、無理をして笑顔をつくる。

「なぁに?突然」
「さっき、校門前でリリと会って。ヴァイオリンのこと聞きました。それで・・・香穂先輩が泣いてるんじゃないかと思って」
「泣いてないよぉ。ほら、いつもどおりでしょ?」

私は一応先輩なんだし。
精一杯強がって、いつもと同じような答え方をする。

なのに。

「香穂先輩。先輩には僕じゃ頼りないのかもしれないけど、泣きたい時はちゃんと泣いた方がいいです」
「志水くん・・・」
「先輩?僕、チェロが好きです。それから香穂先輩のヴァイオリンの音が好きです。でも、香穂先輩のことは、もっとなんていうか、その、先輩のこと考えると幸せで、いつも先輩でいっぱいになってて・・・あれ、なんかうまくいえないけど・・・これ、きっと香穂先輩のことが大好きって事なんだと思うんです。だから、先輩には笑ってて欲しいです。元気、出してください」

志水君は魔法使いみたいに、私の欲しかった言葉をくれた。
私は、止まったと思っていた涙があふれて来て、返事ができなかった。
後で考えれば、電話越しにわんわん泣いていた私に、志水くんはかなり困ったんじゃないかと思う。
でも、志水くんは電話を切らずにずっと聞いていてくれて、落ち着いた頃に、静かに声をかけてきた。

「香穂先輩、落ち着きました?」
「うん、ありがとう」
「先輩。僕、先輩にお願いしてもいいですか?」
「なに?あ、慰めてもらったお礼に何かおごるよ?」
「そんなのはいらないですけど・・・明日からも、また笑ってヴァイオリン聞かせて欲しいです」
「・・・志水くん・・・」
「明日が無理だったら、あさってでも、その次でも、僕、ずっと待ってます、先輩のヴァイオリン。香穂先輩の音がまた聞けるのを待ってます」
「志水くん、ありがとう」

また明日。と挨拶を交わして電話を切る。


いつのまにか握り締めていた左手の中の金色の弦と。
目の前に置かれた新しいヴァイオリンケースを見比べて。
一呼吸して、ヴァイオリンケースを開く。
ケースの奥に大切にハンカチにくるんで、金色の弦をしまいこむ。
そして新しい相棒となる、前のヴァイオリンの兄弟を大切に取り出す。

「明日から、よろしくね」


どこか遠くから、『ありがとう』と鳴っているヴァイオリンの音が聴こえたような気がした。(fin)





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もう皆様お忘れのことと思いますが、第四弾志水くん。
今までのラブラブモードからいきなり一転、どシリアスで葉月さんの本領発揮^^;
いや、甘いのは甘いと思いますよ。何せ好きになったらまっしぐら、天然タラシの志水くんですから(笑)
このイベントは何度見てもシチュ萌えなのです。
(たとえ失敗して冬海ちゃんから電話がかかってきてしまおうとも(苦笑))
他の皆さんでも良かったのですが、心が弱っている時に慰めて欲しいキャラと言えば、やはり癒し系志水くんかなぁと。

ところで、この話には根本的な大きな嘘があります^^;
そうです、電話。
志水くんは携帯持ってないし、香穂子のところにかかって来たのも、携帯ではなく自宅電話でしょう、あの音だし。(汗)
当然、着信確認もできなそうだ。。。
ですが、この場合やはり携帯にした方がシチュ萌えっぽかったので、無理やりこじつけちゃいました。
そんな訳ないと思ったあなたには、「香穂子がとったのは自宅電話」「香穂子は自宅電話にも志水の番号を登録していた」などと思っていてください(苦笑)
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