星光る夜の中で

花のように笑う少女がいる。
彼女は、宇宙を統べる女王の卵だ。
女王試験を始めた頃は、あどけない普通の女子高生だったのに、
いつの間に、これほど眩しい輝きを持つようになったのか。
金の髪と女王の翼を持つ少女。その名はアンジェリーク。

「クラヴィス様、おはようございます。今日も育成をお願いします」
今日も資料を山のように抱えて私の執務室にやってきた女王候補。
もうひとりの女王候補は私を恐れて執務室に近づきもしないというのに、この少女は闇が恐ろしくないのか。
ふと、酔狂を起こして尋ねてみたくなった。

「もう一人の女王候補…ロザリアといったか。あのものは私を恐れてこの部屋には近づきたくないと申しているそうだな。お前は私が恐ろしくはないのか?」

彼女は一瞬質問の意味がわからないようで、ぽかんとしていたが、次の瞬間、弾けたように笑い出した。
「ふふふふふ。クラヴィス様って、やっぱり面白い方なんですね。リュミエール様やルヴァ様がおっしゃっていた通りです」
「アンジェリーク?」
「恐ろしい訳ないじゃないですか。だって、クラヴィス様はこんなにお優しい方なんですもの。確かにこの部屋はいつも暗くて、最初はちょっと怖い気もしましたけど、慣れてしまえば全然平気です。それに…なにかあったら、クラヴィス様は助けてくださいますよね?」
「女王候補に怪我をさせるわけにも行くまい」
「それだけですか?」
「それ以外に何かあると?」

つい子供のようにむきになって問い返してしまった私を見て、彼女は困ったような曖昧な笑みを返してきた。
「そうですね、きっとそれだけなんですよね。残念です」
「残念?」
「はい。だって、それってクラヴィス様、私のこと女王候補としてしか見てないってことですよね。…私はそれ以外にも見てほしいから」
「それ以外…」
私はすばやく考える。
『それ以外』。その意味するところは歴然としている。だが、そう世の中うまくいくわけがない。この少女が私に好意を抱いていると?ありえぬことだ。
そう結論付け、かけるべき言葉を捜しながら(私はこの手の作業が苦手だ)再び彼女に視線を向けたところ。
驚いた。
アンジェリークは顔をまっかにしてうつむいている。
「アンジェリーク?」
「あの、あのっ…変なこといってごめんなさい、失礼します!」
慌てて持ってきた資料をかき集めると、扉に向かって小走りに逃げようとするアンジェリークを見て。
「待て!いや、待ってくれぬか」
私はつい、制止の声を上げてしまった。
執務席から立ち上がって、ドアの前に固まってしまったように立ち尽くしているアンジェリークのそばに向かう。傍からはとてもそうは見えなかっただろうが、無我夢中であった。

「アンジェリーク。お前がよければ今宵またここを訪れてはくれぬか。そなたに見せたいものがある。無理にとはいわぬが」
「はい…クラヴィス様」
私のほうは振り返らないまま、やっと聞こえるか聞こえないかの小声で返事をすると、アンジェリークは今度こそ扉の外に出て行ったのだった。


あと少しで彼女がくる。我ながららしくないとは思うが、何度も時計を見直してしまう。これほど時がたつのを待ち遠しく思うことは久しくなかった。などと考えているうちに部屋をノックするものがあった。
「クラヴィス様、失礼いたします」
扉を開けて現れたのは、水の守護聖リュミエール。その後ろにはいつもより緊張した様子のアンジェリークの姿もあった。
「寮近くでアンジェリークと会いましたもので、話を聞いてここまで送ってまいりました。夜道は危険なこともありますから」
私は内心(しまった)と思いつつも内心の動揺を押し隠し
「そうか。すまなかった」
とだけ答えた。
「いえ。では、私はこれで失礼いたします。アンジェリーク、どうぞ中へ。クラヴィス様お邪魔いたしました」
どうもこの者にはいつも内心を見透かされているような気がする。だが、リュミエールのことだ、心配することもあるまい。

おずおずと部屋の中に入ってきたアンジェリークは、元気だけがとりえといったいつもの様子とは違う。まだ緊張しているのか。
「アンジェリーク、よく来た。お前を待っていた。…どうした、元気がないようだが」
「そんなことないです。クラヴィス様」
「そうか、ならばよいが。では行くぞ」
「行くってどこに行くんですか?見せたいものって?」
「行けばわかる」
「はい」
なにやら普段と勝手が違い私も戸惑っていたのだが、それは彼女にとっても同じだったらしい。いつもならば「それじゃわかりません!」などと返ってきそうなものだと予想していたのだが。

館のベランダに用意させた椅子にならんで腰掛けたところで、それまでまったくしゃべらなかったアンジェリークが、はじめて口を開く。

「ここは?」
「私の館だ」
「え?!クラヴィス様の?」
「そうだ。何をそんなに驚いている?」
「だって…クラヴィス様がおうちに案内してくださるなんて…」
「不満か?すまぬな、私にはオスカーの真似はできぬ。だが、この星空をお前と眺めたかったのだ」
「不満だなんて、そんな!とっても…あの、クラヴィス様とご一緒できてほんとにうれしいです」
「フッ、そうか?ルヴァから聞いたのだが、今宵は星降る夜なのだそうだ。月を見るのも良いが、星だけの夜に流れ行く星を見るのもまた一興ではないか」
そのまま視線を空に向ける。

あふれんばかりの満天の星。月は出ていないと言うのに心なしか明るいような気もする。いや…それは隣にいるこの少女の笑顔が明るいからか。

「きれいですね」
「そうだな」
「あ、流れ星!あっ、こっちにも…わぁすごい!こんなにいっぱいの流れ星、初めて見ました!」
「流星と言うのは、星の命の終わりなのだそうだ。小さな星たちがその最後の命を懸けて自身を輝かせるのだと聞いた。私には到底そのような生き方はできぬが」
「そうですね。私にもできません。だって、命を捨ててしまったらその後はもう何もできないじゃないですか。私はもっともっとエリューシオンのみんなを幸せにしなきゃなりません」

それまでうつむき加減だったアンジェリークだが、この言葉だけはしっかりと顔を上げて語る。なんという強い少女なのか。満天の星の光よりさらに輝いている女王候補アンジェリーク。

「くしゅん」
「ああ、少し冷えたか。気付かずにいてすまぬ」
「いえ、大丈夫で…あ、ありがとうございます…ええっ!」
言葉が終わらぬうちに、自分の上着を着せ掛けてやりそのまま肩を抱き寄せた。
「アンジェリーク、もしよかったら…これからも一緒に星を見てはくれないだろうか?」
「はい・・・クラヴィス様、よろこんで」
肩に回した私の手に自分の手を重ねるアンジェリーク。

(リュミエールは、明日になったらおどろくだろうな)

満天の星は二人を祝福するかのように輝いていた。 (fin)


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