今宵、一夜。

「陛下…アンジェリーク…愛しています」

私はとても驚いた。
だって、この方はいつも理性的で、こんなことを執務室で言うような人じゃないから。
私の最愛の人。地の守護聖ルヴァ。

「どうして、いきなり?私の気持ちは知っているでしょう?」
「ええ、存じています。でも」
一旦言葉を切ってこちらを見据える彼。
「はっきりとお伝えしておきたかったんです」

いつもは迷った様子で、最後にはおろしてしまう手が、今日はまっすぐこっちに向かってきて、私のあごをとらえる。そして視線も。

「キス…してもいいですか」
吐息のようなささやき。
瞳を閉じて、それに答えると。
やさしく覆い被さってくる唇。ついばむようなキスを数回繰り返すと、更に口づけは情熱的なものへと変わる。彼の舌が私を余すことなくとらえようとするかのように、執拗に口腔内を追いまわす。
「は…あぁ…」
激しい情熱に身も心も溶かされ。何も考えられなくなりそうな状態になりながらも、私は必死に心の隅にひっかかった違和感を追い求めていた。
(これは…あまりに彼らしくないわ…何が…一体何があったというの?)

「ル、ヴァ」
「今日こそは離しません。共に最後まで来て頂けますね?」

いつのまにか、彼のターバンは解かれ、キスは耳元から首筋に降りてきている。
私はそのままゆっくりと執務室の大きな机に横たえられ、うしろにまわった優しい手が着衣をするする脱がし始める。
「ちょっとまっ…」
「お付き合いくださいと申し上げているのです」
「だから、そのことじゃなくて、あなたまさかサク…ウッ」

告げようとした言葉は強引なキスに飲み込まれた。

そして、真上から瞳を覗き込む。
間近にみえるあなたの顔。大好きなあなたの綺麗な瞳から涙の雫がこぼれ落ちる。

「最後まで気づかないでいて欲しかったのに。…あなたはやっぱり女王なのですね」
「…そんな悲しい顔をしないで。私は…私はあなたにそんな顔をされるのは辛いわ。もしあなたが望むなら、今日だけは女王ではなく、ただのアンジェリークに戻るから」

「アンジェリーク?! 本気ですか?」
驚愕した声を出す彼。

「女王」になるために、二人だけで共に歩く未来を自ら閉ざした私。
どんなときもこの宇宙の全てを捨てられない私を、どんなときでも「女王」であるために全てを費やしてきた私を誰よりもよく知る彼は、この言葉がどれだけ重い価値のある言葉かを知っているはず。
私は手をのばして、彼の首に手を回すとそっとくちびるで涙を吸い取った。
苦悩の涙はすこしだけほろ苦い。

「本気よ。だから、もう、泣かないで。今夜の私はまだなにも知らない。あなたの為にここにいるの。あなただけの恋人なのだから。…あなたを…教えて!」

「アンジェ…リーク」

寝台の上で。うまれたままの姿での彼とのキスは、涙の味がした。
胸の双丘は彼の舌に敏感に反応して、官能的な刺激をもたらす。 
「ああっ!」
私はただ、彼の優しさと情熱に翻弄されるばかり。
やがて愛撫が秘所に到達する。
もっとも敏感な場所を刺激されて、おもわずびくんと反応してしまう。
「ねぇ、恥ずかしい」
「何を言っているんですか。私に恥ずかしいことなんてないでしょう?」
「でも…」
「こんなにかわいらしいあなたを、他の誰かに渡すことなんてありえませんよ。今夜のあなたはよりいっそう光り輝いて見えるようだ」

深い口づけ。

やがてわたしたちはひとつになった。
私の瞳には何時の間にか涙が浮かんでいた。
彼とひとつになれた喜びと初めて知った悦び。
女王候補生として、彼と初めて会った時から今までの、長いような短いような年月。その間に起こった二人の間のさまざまな出来事。
女王としての道を選んだ時から、今夜を何度夢見てはあきらめてきたことだろう。
そう、これは幻。たった一夜の夢。最初で最後だってことは自分たちが一番よく知っている。
その証拠に、彼の瞳からも涙がこぼれるところ。それには気づかないふりをして話し掛けるあなた。
「私の天使。あなたを感じています。等身大のあなたがここにいる。今、私がどれだけ幸せなのかわかりますか」
「ルヴァさま」
私の呼びかけが、昔のものに戻っていることに気づいて軽く目をみはったが、それには触れずにやさしく髪をなでてくれるあなた。そんなところもかわらない。
「私、幸せです」
この幸せが、永遠に続けばいいのに。
時間が止まってしまえばいいのに。

翌朝私が目覚めた時には、ルヴァの姿は既に隣にはなかった・・・。

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聖殿、謁見の間には女王と補佐官、守護聖が集まっていた。その中に地の守護聖ルヴァの姿はない。
「皆さん、緊急なお呼びたてで申し訳ありません」
女王に合図された女王補佐官ロザリアが、居並ぶ守護聖に告げる。
「おい、ロザリア。ルヴァがいねーんだけど」
気づいたのは、鋼の守護聖ゼフェル。
「おや、珍しいですね。また読書に没頭されているのでしょうか?」
これは水の守護聖リュミエール。
「ゼフェル、俺が呼んでくるよ」
風の守護聖ランディが、扉に向かって駆け出そうとする。
「待って、ランディ。いいのよ」
「陛下?」
緑の守護聖マルセルが不思議そうな顔をする。それは他の守護聖たちも同じ。
凛とした風格で、椅子を立った女王アンジェリーク。

「今日は皆さんに、重大な報告があります。ルヴァがいない、この場で」
ルヴァがこの場にいない。その事実からある真実に気づいた一同は凍りついたように動かない。
真っ青な顔をしたゼフェルが、かすれた声で問い掛ける。
「ま、まさか、重大な報告って?」
「この世界に新たなる地の守護聖が誕生しました。現守護聖ルヴァは近いうちに守護聖の役目を終えることになるでしょう」

誰一人として、声をあげるものがいない。
守護聖の交代には何度も立ち会っているジュリアス・クラヴィスでさえ、衝撃は大きかったのだ。

能面のように表情のない顔で、淡々と女王はつづける。
「私たちは、新たなる守護聖を見つけ出さなくてはなりません。もう大体見当はついていますが」

この言葉でやっと、理性を取り戻したジュリアス。
「では、誰かを使いに出しましょう。それでよろしいですね?」
「ええ、ジュリアス。よろしくお願いします」

「ちょーっと待った!アンジェリーク、あんた大丈夫なの?」
「大丈夫?おかしなことをきくのね、オリヴィエ。もちろんよ」
「何言ってんのさ!だって、あんたはルヴァとつきあってたんだろ!」
「オリヴィエ!」
「ちょっとオスカーなんで止めんのさ!こういうことはきっちり言ってやんないとだめなんだよ!」
「陛下の御前だ。慎め」
「だけど!」
「オリヴィエ、オスカー、心配してくれてありがとう。そういうことなら本当に大丈夫。ちゃんと終わりにしたから」
「陛下!」
「アンジェリーク?」
「そう。もう、大丈夫よ、私」

金の髪の女王は、そっと両手で自分の胸を押さえた…。

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あのひとはいってしまった。
でも。
私はきっと耐えられる。
ここにあなたがくれた勇気があるから。
ここにあなたがくれた愛があるから。

…ここに、あなたがくれたいのちがあるから…。  (完)












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ミィ様より素晴らしく美しい イメージイラストを頂きました。
このページ見ている方には今更なんですが(苦笑)、こちらにも少々制限をかけております。
理由は…見ればわかります^^;

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