天使たちの祝福


いつからだろう、あのひとの姿が見えるたびにどきどきするようになったのは。

「このターバンはですね、とても大切な意味があるんです。だから、外すことはないんですよ。…いつか、ご縁があったら理由をお話しますよ」

それは、期待していいってことなのかしら?
恋愛は宇宙生成学よりも難しい。

霊震。
そう呼ばれる地震が起こるようになってから、アルカディアの王立研究院は更に忙しさを増していた。
アルカディアの謎を解明するために、研究員たちは猫の手も借りたい状態なのだ。

新宇宙の補佐官レイチェルと、知恵の守護聖ルヴァは、主任研究員エルンストのサポートとして調査を手伝っていた。共にそれぞれ仕える女王の命と言うことにはなっているが、個人の興味が先行していたことも否めない。

「ああ、私はちょっと館まで資料を取りに行ってきますねー。すみませんがしばらく席を外します」

研究院の一室で、資料をめくっていたレイチェルの手がふと止まった。
ルヴァが、二人に声をかけて部屋を出て行くところだった。

この部屋は、特殊任務の3人のために特別に用意された部屋である。
宇宙の存続にかかわる大きな機密事項を扱うため、守護聖の首座ジュリアスがわざわざ研究院内に特別室を用意させたのだ。
当然部屋の中にはレイチェル・エルンスト・ルヴァの3人しか入れない。

レイチェルは、慌てて追って席を立とうとしたが、すでにルヴァの姿が部屋から消えているのを見て取ると、ため息をついてもう一度腰掛けた。

ルヴァが出て行った今は、部屋にはエルンストとレイチェルの二人きりである。

「ねぇ、エルンスト、ちょっときいていいかな?調査とは関係ないんだけど」
「なんでしょうか、レイチェル。仕事中なので手短にお願いします」
エルンストはコンピュータの画面に向かったまま、淡々と答える。

「・・・・」

(おや、なにか様子がおかしい?いつもなら、「目を合わせて話せ」だのなんだの言ってくるはずなのだが)

返答がないのに痺れを切らしたエルンストが、レイチェルに向き直る。

「どうかしましたか?手短にお願いしますと申し上げたのですが」
「…あのね。ルヴァさまは私のことどう思ってるのかな?」
「いきなり漠然とした質問ですね?先日、さすがは優秀な補佐官だ、助手にできないのが残念だと褒めていらっしゃいましたよ」
「えっと、それ以外には何かいってらした?」
「特には、なにも」
「…そう…」
「いつものあなたらしくないですね。ほんとうにどうしたのですか?」
「ホントになんでもないの、邪魔してごめんね!さて、続きやらなきゃ」

話をそれで打ち切ると、わざとらしく資料をかき集めるレイチェルを見やって、エルンストはふと吐息を漏らす。
(これは、放って置いた方がよさそうだ)
眼鏡の位置を直し、再びエルンストはディスプレイに向かった。
と、その画面に人影がうつる。入り口にあらわれたのは一人の少女。

「こんにちは、エルンストさん」
「これは!アンジェリーク。レイチェルに用事ですか?」
「はい。少しの間私の補佐官返してもらっても大丈夫ですか?」
「今は調査も止まった状態ですし、ルヴァさまも席を外されていますから、少しなら大丈夫でしょう」
新宇宙の女王は、ルヴァの名が出たところで一瞬複雑な表情をみせたが、エルンストとレイチェルは気づかない。

「ワタシに何か用なの?アナタがここまでくるなんて珍しいね」
「レイチェル。ちょっとつきあってほしいの」
不思議な笑みをたたえて、答えるアンジェリーク。
「いいよ。他ならないアナタのお願いだもんね。じゃあ、行こうか。エルンスト、すぐ帰るから」
「構いませんよ。ごゆっくりどうぞ。ルヴァさまには帰ってこられたら言っておきますから」
「ありがとう、エルンスト」
「ありがとうございます、エルンストさん。行ってきます」

二人が部屋から出て行くのを確認して、エルンストは再び画面に向かう。
(やれやれ。今日はなんだか珍しい日だ。何かあるのだろうか?それにしてもさっきのレイチェルの様子…まさか?)

研究院を出たところで、レイチェルが尋ねた。
「で、アンジェリーク。どこへ行くつもりなの?」
アンジェリークは、さっきと同じ、不思議な笑みを浮かべたままで答えない。
ただ、黙々とある方角に向かって歩き続けている。
(このまま行くと約束の地だけど…まさか、ね)

「ねえ、アンジェ、一体どこまでいくの?ワタシ帰らないと調査が…」
「大丈夫よ」
やはり微笑んだまま、いつになく強気で断言するアンジェリーク。
「ほら、着いたわ」
「ここは…約束の地?」

そこは、一面に広がる花畑。
中央にそびえたつ大樹の元にはレイチェルもよく知った人影が2つ。

「へ、陛下?それにルヴァさま、お館に戻られていたんじゃ…?」
「レイチェル!?なぜここに!」
「ワタシは、いきなりアンジェリークに連れてこられたんです」
「私は、部屋で資料を探していたんですがね、いきなり陛下から『すぐに約束の地に来るように』との伝言を受けまして、慌ててここに来たので…何がなんだかよくわからないのです。ここに着いてからも陛下はなにもおっしゃらないのですよ」

混乱したルヴァとレイチェルを尻目に、二人の女王は同じようないたずらっぽい笑みを浮かべ、二人だけで分かり合っている様子。平然としたものである。

「ようこそルヴァ、レイチェル。アンジェリーク、ご苦労様だったわね」
「陛下、レイチェルを連れてきました。陛下の方も成功ですね」
「ふふふっ」

「あのー、陛下。そろそろ私たちをここに呼び寄せた訳をご説明頂けますかねー」
「ルヴァ。あなたが悪いのよ。このところ研究院にこもりっぱなしで、外に出るどころか館にも帰っていなかったじゃないの。予想以上に時間がかかってしまったわ」

「はあ?」

「二人が一緒のときに、二人とも研究院から呼び出すのはあまりにもわざとらしいし、かといってレイチェルを夜、呼び出すわけにも行かないし。ほんとうに大変だったのよ」
「…つまり、陛下はワタシ達をここに呼び出すために、以前から計画を練っていらした訳ですか?いったいどうしてですか?」

「私が陛下にお願いしたの」

「アンジェリーク?!」

予想しない台詞に、慌ててアンジェリークを振り向くレイチェル。

「レイチェル、最近なんとなく様子がおかしかったから、陛下にご相談したの。そうしたら陛下が『様子がおかしいのはもう一人いるわ』っておっしゃって。『きっと気づいてないのは本人たちだけよ。このままだとじれったいから、私たちでくっつけてしまいましょう』って」

「だって、あなたたちに任せておいたら、いつになるかわからないんだもの」
くすっ。いたずらっ子のように微笑むリモージュ女王。

「それに、あなたたちにはさっさと幸せになってもらって、仕事に復帰してもらわなくちゃ」
レイチェルとルヴァが一気に赤面する。
(陛下とアンジェにはかなわないなぁ。最近仕事に身が入ってないのバレてたんだ…)

「それじゃ、私たちは宮殿に戻るわね。二人ともいい?幸せになるのよ。これは女王命令です。王立研究院には私から使いを出しておくわ。今日はこれからお休みよ」
微笑みながら告げる女王。

「ルヴァさま、レイチェルってしっかりしてそうだけど、ときどき危なっかしいんです。私の親友、よろしくお願いしますね」
「アンジェリーク…わかりました」
「ちょっとアンジェ、危なっかしいってどーゆー意味?」
「ふふふっ。では、失礼します、ルヴァさま、レイチェル」

(でも。親友って言ってくれたね、アンジェ。大好きだよ)

二人のキューピッドは、ゆっくりと遠ざかっていった。

周りに誰もいなくなったことを確認して。
しゅるり。
ルヴァはターバンを脱ぎ去った。

「ルヴァ様、それって、確か…」
「ええ。生涯を捧げると誓った相手の前でのみ、このターバンをはずすという慣わしを私はずっと守ってきました。けれど、あなたの前では何も隠す必要はありませんね」
「ルヴァさま…」

ルヴァはさりげなくレイチェルを抱き寄せる。

「ですから…あなたも私の前では本当の姿を見せてほしい」

ルヴァはそっとレイチェルのウィッグを外した。美しい金髪がこぼれおちる。
「やはり、あなたにはこの方が似合いますよ」
「そうですかぁ?皆様にはなかなか好評だと思ってたんだけどな」
「そうですね。こんなあなたを見られるのは、私だけの特権にしておきましょう」
どちらからともなく、絡み合う視線。
レイチェルは瞳を閉じる。

思ったとおりの、少しぎこちないくちづけ。

「あなたが、好きです」
「ルヴァ様…」
「迷惑だろうから、黙っていようと思っていたんですが、陛下にああ言われてしまってはしかたありませんね」
「迷惑だなんて、そんな!私もルヴァ様が好きです!!」
勢いで言ってしまってからカッと赤くなるレイチェル。
そんなレイチェルを優しくいとおしくみつめながら、ルヴァが言う。

「しあわせに、なりましょうね」
「…はい」

いたずら好きの天使達に結ばれた恋人たちを祝福するのは、天使の贈り物。
アルカディアに伝わる「雪祈祭」の伝説を聞いたおしゃまなキューピッドたちが、力を使ってどこからか祝福してくれているのだろう。

雪の白いかけらが花畑に舞い落ちてゆく。
恋人たちを祝福するために。 


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